SNSの使い分けにおいて、若者は匿名性と拡散速度感のある「ツイッター」を好み、中高年は実名投稿とリアルな関係性の「フェイスブック」を好むといわれている。
また、そこに若年層を中心とした娯楽性の強い「TikTok」、映像性を前に出した「インスタグラム」などが入り乱れ、まさに百花繚乱(りょうらん)である。
古株である「ブログ」は、テキスト文化という性質上、速度感は落ちているが、逆に専門的な分野において大きな役割を持ち始めている。
実際に私も「フェイスブック」と「インスタグラム」には実名投稿をしている。だが若い有名人などのように「ツイッター」では実名発信をしてはいない。
それは匿名性ゆえの激しい意見交換に疲れるからだ。若いときならばその速度感を楽しめたのかもしれないが、中年には疲れるだけだ。
少し前に「バカッター」という言葉がはやった。「ツイッター」における悪ふざけ投稿の意味で、2013年のネット流行語大賞で4位となった。若者がアルバイト先でのイタズラ行為などを投稿して問題となり、ワイドショーでも取り上げられた。
鬼の首を取ったかのように、若者の「ツイッター」における愚行を揶揄(やゆ)する中高年の方も多い。だが中高年の楽園である「フェイスブック」においても、一部の中高年たちが不可思議な投稿をしているケースが目につく。
彼らも若者に負けず、なかなか「ヤバい」。また、そのようなケースは圧倒的に男性が多いのが特徴的だ。
一番目立つ例を上げると「俺様系」だ。引いてしまうような長文での自分語りや、自慢系の投稿を繰り返す。本人が気持ちいいだけで、それを見た方は冷笑しているだけだろう。
そうした投稿は、同年代の間でなら許容されることもあるが、若い世代からは『痛いおじさん』として一発認定されてしまう。
「バカッター」に劣らず、自分のダークサイドを世界に宣伝しているようなものなので、もう一度、過去の投稿を点検したほうが良いだろう。
そういう投稿を見て思うのは、その手の「おじさん」というのはSNSの使い方を間違って覚えてしまっていることだ。
確かに利用者が限定されていたSNS黎明期においては、その手の自分本位の投稿が人目を引いたこともあった。だが今のSNSは巨大なパイとなり、本人の意向に関係なく多種多様な人とつながる。
それは多様なセンスで鋭く判断されることでもあり、決して、仲間内だけの「安全地帯」ではない。厳しく「精査」される時代なのだ。
かといって、思想の自由がなくなってしまっては、本末転倒であることも分かっている。この「塩梅(あんばい)」がとても難しい。
結局、一番大事なのは、普段の生活においてしてはいけないこと、避けるべきことをSNSにおいてもしないことだ。
高級品を買うたびに、それをわざわざ友人に自慢電話をしてくる方は嫌われる。なのに、どうしてSNSではオーケーだという発想にたどり着いたのだろう。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画『首都高速トライアル』で俳優デビュー。90年には『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。YouTube公式チャンネル『大鶴義丹の他力本願』も更新中。舞台『BACK TO THE MEMORIES』が22~25日、大阪・COOL JAPANPARK OSAKA WWホールで上演される。