多くの方が「リモートワーク」という言葉を当たり前のように使い始めてから、もう1年以上という時が流れている。
私たちエンタメ業界も打ち合わせなどで、zoomミーティングを使用することが当たり前となった。
しかし、何度経験しても、昭和組には違和感しか残らない。まるで薄っぺらな説明書を渡されたよう。簡単なことだ。
人間には五感があるというのに、使うのは「視」「聴」という2つの情報だけだからだ。残りの3つ、「嗅」「味」「触」が抜けている。
一見、打ち合わせには関係ないような残り3つの感覚ではある。だが過去を思い返すと、ベテラン監督が付けていた高級整髪料の香りが妙に心地良く感じ、それが作品への安心感につながったこともある。
また制作会社のソファが汚いと思っていたら、案の定、結果の出ない作品であったことも。
五感以上に、人間は雑多な情報を元に総合判断しているに他ならない。
また一昔前では、ドラマや映画に出演する際、撮影が始まる前に役者と監督が飲食を伴う会合をすることは当たり前であった。
撮影の合間に「同じ釜の飯を食う」ということもあった。ひとつの作品が完成する頃には、役者と監督、スタッフが家族的な感覚になることもある。
当然、ここ1年で参加した作品においては、そんなことは望むこともできない。集まった俳優と監督スタッフたちが、台本通りに芝居をして、互いに心が打ち解けるまでもなく解散。撮影が終わると共演者や監督の名前も忘れてしまう。
だがそれでも良い作品になることもある。不思議なもので、撮影現場での一体感が作品の評価に直接関係しているわけではない。コロナ禍前でも撮影中に監督と俳優が大決裂した作品が大ヒットしたこともある。
演技というものは、商品として追求した場合、役者や監督の個人的な思い入れなどは関係ないこともある。現実は残酷なものだ。
しかし、だからといって、役者は無機質なパーツとしてのみでは生きられない。どれだけ技巧を高めても、人間の奥が透けてしまう作業故に、経済活動のみで続けるのはおのずと限界がある。デジタル的ではない、生々しい思い入れが必要なはずだ。
外資系に勤める飲み友達から、アフターコロナにおいて、外資系テック企業は意外にもオフィス勤務をとても重要視していると聞いた。
また逆に一部のネット系企業はリモートに振り切るという。
すでに表に出ている情報としては、グーグル、アマゾン、アップルなどは昔通りのオフィス出社が基本、またマイクロソフトは中道的。
最先端の連中も、やはり人間同士の生のかかわりは、業績うんぬんの前に、未来に続く「在り方」として必要だと計算しているのだろう。彼らに比べたら役者なんてものは超原始的なのだから、分かり切ったことだ。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画『首都高速トライアル』で俳優デビュー。90年には『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。YouTube公式チャンネル『大鶴義丹の他力本願』も更新中。舞台『BACK TO THE MEMORIES』が22~25日、大阪・COOL JAPANPARK OSAKA WWホールで上演される。