空前の「町中華ブーム」である。BSの番組やムック本などでも、町中華だけの特集がたくさんあるほどだ。
しかし、私たちが若かりし頃には、町中華なんてものは、あえてクローズアップされるようなものではなかった。
味については玉石混交だが、駅前や街道に行けばいくらでもあった。少し乱暴な言い方だが、わざわざテレビ番組などで特集するような存在ではなかったのだ。
私の地元である、東京の荻窪でラーメン戦争が始まったのは、1980年代初頭。中華料理ではなく、ラーメンに特化した専門店がハイレベルの味を競い合うようになった。そこから今に至るラーメンの国民的ブームには説明の必要もない。
ブームは終わりを見せることもなく、味、素材、見せ方、何から何まで先鋭化されたハイレベルのラーメンによって、群雄割拠の戦国時代が続いている。
うちの近所にも常に長い行列ができている店がある。私も物見雄山で並んで食べたが、言うまでもなく、文句の付けどころがないほどの完成度だ。こだわりの食材を使い原価率も高いのだろう。だからラーメン1杯1000円以上も当たり前だ。
だが、しかしなのである。その手のハイスペックラーメンというのは、次の日に再び訪れようという気にならない。
理由は味や金額うんぬんではない。行列、緊張感のある店内、意地の悪いローカルルールなど、ただおいしいラーメンを食べるだけなのに、余計なものが付随し過ぎるからだ。昼のラーメンひとつに、毎回そんなエネルギーを使うほどヒマじゃない。
その弊害ともいえるが、実際にその手のハイスペックラーメンというものは、店も客も互いに果てしない消耗戦となり商売が長続きしない。
昨今のデータでは、ラーメン屋が開店してから1年以内に閉店する率は全体の40%、3年以内に閉店するのは70%にのぼるらしい。
SNSなどの普及により、飲食だけではなく、すべての商売においてブームを作るよりも、長続きさせるのがとても困難な時代だ。人生レベルの「商い」が作りにくい。
「町中華ブーム」は、その反作用だと思う。店と客が長いスパンで穏やかな関係を築き、ゲームやイベントでもなく、無意味な気づかいのない、当たり前のおいしさへの原点回帰だ。
話題の超人気ラーメン店のように長い行列ができることはないが、何十年と、いつもお客さんが入っているような町中華のような商いが、結果的には勝者かもしれない。
私たちのエンタメ業界でも同じだ。ひと昔は、何かヒット作に恵まれればその勢いで5年くらいは「商い」を続けられた。だから大手芸能事務所側も設計図を描くことができた。
だが、今ではSNSなどで何百万アクセスという「情報劇」が不測に起こることもあり、プロ中のプロであった大手芸能事務所側も、霧の先を見通すことができない。
昨今、タレントの大手事務所からの独立が増えているのも、そもそも五里霧中ならば、多少つらくとも自分でかじを切っていきますという気持ちなのかもしれない。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画『首都高速トライアル』で俳優デビュー。90年には『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。YouTube公式チャンネル『大鶴義丹の他力本願』も更新中。