ノンフィクションで振り返る戦後史

ポップカルチャーの勃興期、大衆が支持した「映画」「漫画」「歌」 1968年を描く「1968年」(中川右介著、朝日新書)1/1ページ

「1968年」表紙
「1968年」表紙

かつて全共闘世代が語ることの多かったこの時代を1960年生まれで8歳だった著者が新聞・雑誌や各種資料を駆使し振り返る。当時をポップカルチャーの勃興期と捉え、大衆の支持した、映画なら「黒部の太陽」、漫画なら梶原一騎、歌ならザ・タイガースを前面に出す。私も1958年生まれで中川とほぼ同世代なのでその視点にシンパシーを感じる。

冒頭章はポップミュージックの盛況ぶりがテーマだ。この年のシングル盤年間チャートトップは「星影のワルツ」(千昌夫)を筆頭に「帰って来たヨッパライ」(ザ・フォーク・クルセダーズ)、「恋の季節」(ピンキーとキラーズ)、「小樽のひとよ」(鶴岡雅義と東京ロマンチカ)から「恋のしずく」(伊東ゆかり)、「花の首飾り」(ザ・タイガース)、「サウンド・オブ・サイレンス」(サイモン&ガーファンクル)の順だったと挙げる。

GSブームの時期と捉えられがちだが、演歌、アイドル、ムード歌謡から海外ポップスまで幅広い楽曲がヒットした頃だ。この年、少学4年だった私は初めてシングル盤を購入した。一枚目がダイナマイツの「トンネル天国」で次がフォークルの「帰って来たヨッパライ」、三枚目がテンプターズの「神様お願い!」だったと覚えている。子供にとってもポップミュージックが最もフロントラインのエンタメだったと知れる。

ザ・タイガースは67年に「僕のマリー」でレコードデビューし、続けて「シーサイド・バウンド」「モナリザの微笑」がヒット。そして68年1月発売の「君だけに愛を」でその人気は最高潮に達した。これらの曲はすべてすぎやまこういちの作曲。今まで「君だけに―」が彼ら最大のヒット曲と思い込んでいたが、リードボーカルの沢田研二でなく、加橋かつみが唄った「花の首飾り」の方が売れたとは同書で初めて知った。

68年6月に日本テレビ「木島則夫ハプニング・ショー」でタイガースの5人と識者側の作曲家、黛敏郎などとの討論が放送されたと記される。後者からはGS特有の長髪が不潔との批判があった。識者サイドとして落語家の五代目柳家小さんも出たというが、一体どんな発言をしたのだろう。

ヒット曲を連発したタイガースだが「NHK紅白歌合戦」には選出されなかった。当時の「長髪」は今なら「タトゥ」に似た感じか。あの頃の紅白の存在感は今なら「M―1グランプリ」にあたるだろう。

そうなぞらえると、移ろわぬものは何ひとつなく、今日、我が世の春の「お笑い芸人王朝」もいつかエンタメのフロントから撤退する日が来るだろうと思ったりする。当時と今と心の中で往復しつつ楽しめる一冊。 (矢吹博志)=敬称略

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