先日、自民党の岸田文雄総裁が101代首相に選出された。先日行われた衆院選の結果、自民党が単独で過半数を確保した。
思い返すと衆院選の投票日は、どうしてか雨の日が多い気がする。晴れ晴れとした中、爽やかな気持ちで投票した思い出が一つも見つからない。
案の定、投票日の10月31日も午後からは小雨模様。夕方近く、近所の小学校に設けられた投票所に妻と向かった。誰とどこに入れるのだと聞くと、それは夫婦間でも秘密だといわれた。
最高裁裁判官の国民審査は、「特設サイト」で過去の判例をガッチリと調べておいたので、誰と誰だけは、でかく×を付けるようにと言った。
しかしこの制度はできて以来、罷免された裁判官は誰もいないという。だったら紙と鉛筆の無駄でしかない。人を裁く者は、同時により強く裁かれるリスクを持つべきだと思うのだが、世の中というのは半分くらいは冗談でできているようだ。
その夜は、酒を飲みながらさっさと寝てしまったが、次の日にウェブニュースを見ると、私が投票した某ベテラン議員は落選して比例でも復活できなかったという。だがこれは本人の体たらくも噂されていたので、半分予想されていたことだ。
私が一番重く感じたのは、自民が単独で過半数を上回った結果である。「消去法」だのと、へ理屈を付ける方もいるが、日本人の多くが与党を選んだ。これが数字が冷徹に表す現実だ。自民党だけで「絶対安定多数」という、大勝利以外の何物でもない。
前日までは多くの大手メディアが「自民が単独過半数を割り込む見込み」と大々的に報じていた。出口調査も「自民苦戦」というニュースばかりだった。「大苦戦予想」が「大勝利の結果」になってしまうとは、一流のプロたちは一体何を見ていたのだろうか。これほどまでに民意とメディアが大きく乖離(かいり)している現実に、思わず背中が寒くなった。
またそれが恥ずかしいのか、多くのメディアが、その「与党の大勝利」を表立って派手に報じないことだ。大物自民党議員の落選などを声高に騒ぎながら、小声でチョコっと報じているような気がしてならない。
言うまでもなく、これはまさにトランプの勝利にも共通する現象だと思った。「隠れトランプ」というモノ言わない有権者層が話題になったが、日本にも「隠れ自民」の時代がやってきたのかもしれない。
2016年のアメリカ大統領選挙で起きたように、声の大きなリベラルと先進的な論争するのを避け、選挙で、こっそりと保守的な投票する行為だ。
オトナの事情もあり、そう簡単にはいかないかもしれないが、この「予想外し」を潔く認めて冷静に分析していかないと、オールドメディアは最後の常連客である私たち中高年も手放してしまうだろう。
今までのような調査方法や予想システムは、かなり旧式化した「真空管装置」だ。だがそれを認めて買い替える勇気があるとも思えない。
しかしダメな競馬の予想屋も、外れる占い師も、最後はお客が離れて寂しいものである。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画『首都高速トライアル』で俳優デビュー。90年には『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。YouTube公式チャンネル『大鶴義丹の他力本願』も更新中。