音の魔術師 作編曲家・萩田光雄の世界

『木綿のハンカチーフ』は「ざっくりとジーパンのイメージ」1/1ページ

太田裕美の素朴な雰囲気をイメージするアレンジが映えた
太田裕美の素朴な雰囲気をイメージするアレンジが映えた

1970年代から数多くのヒット曲を手がけてきた作編曲家、萩田光雄(75)。その偉大な足跡は5枚組のCDボックス『音の魔術師/作編曲家・萩田光雄の世界』(ソニーミュージック・ダイレクト)でたどることができる。心に残るヒット曲の舞台裏に迫る。

萩田といえば、太田裕美では1974年のデビュー曲『雨だれ』から現在まで多くの楽曲でアレンジを手がけた。大ヒットとなった『木綿のハンカチーフ』(75年)だが、担当したのはアルバム『心が風邪をひいた日』用のバージョンだった。

「太田さんってデビュー当時のキャッチフレーズが『まごころ弾き語り』だったかな。だからいきなりギターがガーンってアレンジはないよね。どちらかというとクラシックフレーバーのお嬢さまチックなイメージを考えたんですよ」

『木綿のハンカチーフ』も「ざっくりとジーパンのイメージだった。これが新しく聴こえたのかもしれないね。ただ僕はアルバム用だから、シングルにするとなったときに作曲した筒美京平先生がイントロを加えて、今の形になったんです」と振り返る。

そんな萩田だが、幼いころは音楽に興味がある少年ではなかった。

「母が琴を弾いて、姉がピアノ、そして兄は自分で電蓄(蓄音機)を作ってクラシックのSP盤を聴いていたから、身の回りに音楽はあったんだよね。兄は11歳も年が離れているから、僕が小学生のときにはもう大学生だったね。僕は、兄の大切にしていたSP盤を踏んづけて割っちゃって、怒られているような子だったから」と笑う。

中1の秋、音楽教師の勧めで吹奏楽部に入部した。そこでは打楽器とチューバを担当した。

「県で2位に入るぐらい結構すごい吹奏楽部でした。打楽器とチューバって音楽を支える楽器をやったことが、今のアレンジャーという裏方的な仕事を歩み始める序章だったんだろうね」

しかし進学した高校には吹奏楽部はなかった。

■萩田光雄(はぎた・みつお) 作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。1946年6月16日生まれ、75歳。編曲家デビューは73年、高木麻早『ひとりぼっちの部屋』。75年の布施明『シクラメンのかほり』と、76年の梓みちよ『メランコリー』で日本レコード大賞編曲賞を2年連続で受賞した。

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