緑濃き天然記念物の大楠(クスノキ)がこのスタジアムに風格をもたらす。特に左中間スタンドでは日差しをさえぎるほど葉を茂らせた枝々を伸ばし存在感を示している。熊本の藤崎台県営野球場、子供の頃から全国の中で最も好きな球場だ。
高校野球実況再スタートの日、私はこの地に立った。2019年7月7日全国高校野球選手権熊本大会の初日、少しでも早くこの光景をと思わず小走りに階段を上がった。
この年、私は長年勤めたNHKを離れフリーランスの野球実況家として活動を始めた。自分の中では高校野球の実況については18年の100回大会の甲子園が最後で、その先はないだろうと思っていた。ところが熊本朝日放送から声をかけていただき、熱戦の舞台で再びマイクに向かうことになった。
そのリスタートが川上哲治氏をはじめそうそうたる野球人を輩出している熊本だった。歴史ある球場に打撃の神様、厳かな気持ちと何かに出会えそうなワクワクした気分で臨んだ。
7月12日の一回戦、阿蘇中央対玉名工業だ。阿蘇中央は前年の主力が5人残り極めて打力が強い。玉名工業は攻・守のバランスがとれ、2年生が多く大きな声の元気なチームだ。県内の同じ地域にあり、常に切磋琢磨(せっさたくま)のライバル校で、この1年で5試合目、対戦の内容はほとんど互角だった。ともにベスト8相当の力を持っている。この夏の重要な初戦での激突となった。