求道者である武蔵自身も迷ったり苦しんだりするし、周囲の人物の功名心や嫉妬心、ずるさといった感情も生々しく描かれていて、これぞ大衆小説、という感じ。なにより斬り合いの場面が抜群に面白い。死を覚悟して向き合う緊張感。宙を舞う刀のきらめき。
〈彼の手にはいつか、二つの剣が持たれていた〉
吉川が戦時中に暮らした東京・青梅市の家が、いま記念館として公開されている。関東平野のはずれ、奥多摩へ向かう街道の両側に山々が迫る。自然豊かな土地に、もとは養蚕農家だったという大きな建物が残る。
庭に面した広間の、一番明るい一角に、執筆に使っていた座敷机が置かれている。大河ドラマにもなった『新・平家物語』はここで書かれた。説明文によると、吉川は終戦直後に約2年間、筆を絶っていた。一方で住民との深い交流が生まれ、俳句の指導をしたり公民館建設に尽力したりしていたそうだ。地元の人と交流する吉川の写真がたくさん展示されていた。
ひたすら強さを目指していた武蔵は、そのうち、世のためになる「道」を模索していく。民に慕われる武蔵の姿と、笑顔で写っている吉川を、つい重ねてしまった。 (阿蘇望)
■青梅市吉川英治記念館 東京都青梅市柚木町1の101の1