――でも前座生活は16年半にも及んだ。おまけに3回も破門
「何年過ぎても勝負できるまで実力が到達しない。落語しかないという気持ちだけは持ち続けたんですけどね。1回目は、師匠が当時の石原(慎太郎)都知事の会合に前座を連れて行こうとしたときです。ミスがあってひとりも集まらず師匠は大激怒。次は上納金未納の発覚です。最後は『二ツ目昇進への意欲が感じられないっ』とまたまた破門。何とか復帰はしましたが師匠はその都度、立川流の厳しさを見せつけ叱り方も半端じゃなかったですね。おかげで人間としても鍛えられました」
――エピソードには事欠かない
「師匠は『店に置いてある爪楊枝を全部持ってこい』とか『ぶつかってでもタクシーを止めてこい』といった乱暴・無茶ぶりを言い、それに芸を感じられるやり方で応えなければなりませんでした。地方の仕事でお供したときのこと。師匠の友人に食べきれないほど中華料理をごちそうになり師匠のもとに戻ると、今度は大盛のちらし寿司がドンと用意されていた。師匠は『食い物を粗末にするな、残さず食え』と一言。そっと容器に包んでもらい、何とか事なきを得ましたが、いくら何でも胃袋には限界がありますからね。修業中の食えない苦労と噺家なら満腹でも食わなきゃいけない苦労もあるってことも教えてもらいました」