
人は不自由のない生活をおくる中で、山奥にポツンと立つ一軒家を訪ねたり、危険を承知で秘境を探索したりするテレビ番組につい惹かれてしまう。実は心のどこかで定住を望まない本能が残っているのだろうか。謎に包まれた少数民族を訪ねるドキュメンタリー映画「森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民」を見て、そんな隠れた思いが沸いてきた。
若き言語学者の伊藤雄馬さんは、タイやラオスの密林でバナナの葉で家をつくりゾミア(山岳地帯)でノマド生活を送るムラブリ族の生活を追っている。タイ人は彼らを〝黄色い葉の精霊〟と呼ぶ。森の中を遊動し、文字を持たないため実態がよく分かっていない。金子遊監督は伊藤さんとともに密林に分け入り、ムラブリ族の生活を撮影することに世界で初めて成功する。
伊藤さんは「ムラブリ語の響きが美しいから」という動機で研究を始めたという。森の民から言葉の意味を拾いながら、掘ったばかりの野生の芋をいっしょにほおばる。電気、ガス、水道はなく、定住する家もないが、狩猟や子育ての生き生きとした笑顔がある。そんな奥地にも分断があり、伊藤さんは部族内の融和をはかろうと言語学者らしいアプローチで対話の後押しを試みる。
消滅寸前の部族を2年にわたり撮影した貴重な記録が85分間に凝縮されている。東京・シアターイメージフォーラムで公開中。大阪・シアターセブン、京都みなみ会館などで今春公開予定。 (中本裕己)