いよいよゴールデンウイークである。コロナ禍で休止していたハワイツアーも、全日空や大手旅行代理店・HISなどが再開するという。そんなニュースを聞くと、行くわけでもないのに何となくうれしくなる。
ふるさと・宮崎から、東京や大阪に行く時は飛行機が必須だった。大分から宮崎を走るJR日豊線が、地理的な問題から複線化できず、宮崎―東京だと、今でも特急と新幹線を乗り継いで8時間以上もかかるので二の足を踏む。
そんな訳で宮崎空港に行くと、展望デッキに出てたまに飛んできたり、出発していく飛行機を見る。かつては、B747(愛称・ジャンボ)も就航していたが、今はほとんど中型機になった。
宮崎空港は旅客機は少ないが、航空大学校があるので練習用のセスナが頻繁に離着陸を繰り返している。着陸した後にそのまま上昇する「Touch&Go」の心元ない操縦を見ると、いかにも〝卵〟だなと思う。
航空大学校は、日本唯一の国立パイロット養成機関として4000人を超える卒業生を送り出しているが、かつては全国に宮崎にしかパイロット養成機関がない時代があった。その頃は、日本のパイロットの半分以上が「奥さんは宮崎出身」という話を聞いたことがある。一番彼女が欲しい時期に、陸の孤島に閉じ込められた若者たち。さもありなんとも思うが、真偽は不明だ。 (光)