
文学と科学を結ぶ独自の作風で人気を博す伊与原新さん。新刊は、丹沢山系に太陽系の果てを観測する天文台を手造りする5人の高校時代の同級生の物語だ。紆余曲折の末にたどり着いた28年後の〝今〟は、それぞれが人生第二の出発点を意識するときとなった。 (文・冨安京子/写真・後藤利江)
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――事の始まりは、国立天文台の籍を失い、自前の天文台を造るというスイ子こと彗(けい)子の存在です
「2019年、京大の有松亘さんらが沖縄県宮古島市で小型望遠鏡を使い、地球から約50億キロメートル離れた太陽系外縁部=エッジワース・カイパーベルトにある直径2キロの小天体を、世界で初めて観測し大きなニュースとなりました。小天体が恒星の前を横切る際に恒星の光が一瞬弱くなる掩蔽(えんぺい)現象を応用したんです。すばるとかハッブルといった大望遠鏡が担ってきたビッグサイエンスに負けない研究が、わずか口径28センチの望遠鏡でできてしまった。これは小説になりそうだと思いました」
――5人のモデルは
「物語では5人を中心に、1万個もの空き缶でオオルリをあしらったタペストリーを作るシーンがあります。これは高校時代の僕の体験がもと。文化祭で宝船を描いた空き缶タペストリーを作ったとき、パソコンで色ごとに空き缶の配列をプログラミングしてくれた同級生の参加の仕方が実にかっこよかった。だから、物語ではスイ子にそれを投影したんですが、モデルはいません。短編集『月まで三キロ』『八月の銀の雪』を書いた後、科学と人のかかわりを長編の人間ドラマとして書いてみてはという編集者からのアドバイスもあり2、3年前、小天体観測とタペストリーの2つを組み合わせられるのではと考えました」