裁判沙汰になった以上、訴状に氏名が記載されるのは自然な流れだ。とはいえ、ある意味で日本中からの注目が集まる人物だけに、ネット上では、この人物のプロフィールをさらに“特定”しようとする動きまで起きている。地元住民は語る。
「こんなことが地元で起きるとは想像もしていませんでしたよ。周囲はこの話題で持ち切りです。訴訟に至るまでに何とかならなかったのかとは思いますけど、普通は返還を求められた時点ですぐ返しますよね。阿武町は高齢者が多い町だけど、最近は若い移住者が増えて、少し活気が出てきたなんて思っていたんですけどね」(地元住民)
◆提訴で問題解決とは限らない
裁判の争点はどこになりそうか? 幅広い分野の訴訟案件を手がける村尾卓哉弁護士が解説する。
「誤って振り込まれたものであっても、名義上は自分の預金である以上、原則的には受取人の預金債権となります。一方で、少なくとも自分のお金ではないことを認識しながらそれを引き出す行為は、窓口で引き出したのであれば銀行に対する詐欺罪、ATMで引き出したのであれば銀行に対する窃盗罪など、犯罪として成立する可能性があります」
弁護士としても、今回の裁判は判断が非常に難しいものらしい。
「一方で町を被害者と考えた場合に成立しうる犯罪については、かなり悩ましい問題があります。それは被害者である町が自ら誤振り込みをしている以上、受取人が町を騙して送金させたことや受取人が町から金銭を盗み取ったということが認められないのではないかという問題があるからです。
日本の刑法上、成立しうる犯罪としては、占有離脱物横領罪(※注:占有者の意思に反して占有を離れた物品を横領する罪)ということになりますが、これも預金債権という物理的に『占有』していないものについて成立しうるかというのは争点になると思います。刑法が起草された当時には想定されていない犯罪類型なので、ストレートに『この罪に該当する』と言いづらい状況です」(村尾弁護士、以下同)