核抑止力とは、学者が弄(もてあそ)ぶ抽象的概念ではない。その正体は、数百万の命を一瞬で焼き殺す熱線が生み出す恐怖である。米ネブラスカ州の州都オマハには、米軍の総核兵力を隷下に収める戦略軍司令部がある。高度30万キロの赤外線探知衛星、高度数百キロの光学衛星、レーダー衛星を駆使して、敵の核攻撃が始まらないかを24時間、厳しい緊張の下で監視している。
万が一にも、敵の核兵器が米国に向けて発射されれば、戦略軍司令官はたたき起こされて、直ちに統合参謀本部議長、国防長官、大統領に直接電話し、反撃の許可をもらわなければならない。最後の決断はコンピューターには任せられない。人間が判断しなくてはならない。
私が訪問したときは、まだ古い基地の建物だったが、司令官の机の上にポツンと緊急連絡用の電話が置いてあった。「この電話を使うことがないように、毎日祈っているよ」と、司令官は静かに笑った。そして、付け加えた。「この電話が終わったら、核シェルターに飛び込むのさ」
米国は、日本の核不拡散条約(NPT)加入を後押しする際、代償として日本に「核の傘」を保証した。核攻撃されれば、核で反撃すると保証したのである。自民党青嵐会の石原慎太郎議員などが激しく反発したが、政府は押し切った。
その後、いかなる首相も、米国大統領に対して、「この核の傘が機能するのか」と尋ねた人はいない。無責任な話である。