「バルト三国」の最も南に位置するリトアニア共和国。人口約280万人は3カ国では一番多く、面積(6万5000平方キロメートル)はラトビア共和国とほぼ同じだ。
リトアニアもロシア帝国の支配を受け、1918年に独立を宣言したが、40年には再びソ連に併合される痛恨の歴史を歩んできた。
ソ連邦時代の89年8月23日、バルト三国は独立の強い意思を示すため、北はエストニアからラトビアを通ってリトアニアまで、約200万人が約600キロにわたって手をつなぐ人間の鎖「バルトの道」という世紀の一大イベントを実施した。その日は「独ソ不可侵条約50周年」で、ソ連に組み込まれることが密約された忌むべき日であった。
リトアニアは1990年の独立回復宣言から、2004年3月のNATO(北大西洋条約機構)加盟、同年5月のEU(欧州連合)加盟を、エストニア、ラトビアと足並みをそろえてきた。
バルト三国というが、3カ国はそれぞれ異なる文化を持ち、言語も異なる。宗教観も違う。エストニアは国民の半数以上が無宗教だが、ラトビアはプロテスタントが多く、リトアニアはカトリックが多いという。