1893年に書かれた「株式仲買店員」事件では、現場はロンドンとバーミンガムの二都市にまたがる。強盗をもくろむ二人組の主犯は被害者をバーミンガムで引き留め、仲間がロンドンで被害者になりすました。ロンドンで発行される中央紙がその日のうちに離れたバーミンガムでも読めたことがストーリーのキーになる。仲間がロンドンで逮捕されたことを夕刊を読んで知った主犯は自殺を試みる。
かつてマンチェスターやバーミンガムなどの地方都市文化が繁栄した頃には地方紙が盛んに発行されたが1890年代にはロンドンの中央紙が地方紙を駆逐していく。舞台が転換するようにメディアのフロントで輝く主役が変転していく頃だったことが背景にある一篇。
20世紀末もネットの勃興でメディアのメーンプレーヤーが移り変わった時代。当時、私は広告会社営業職だったが、デジタルが注目を集めるにつれて、その関連業務スタッフは日に日に態度が偉そうになっていった。わからないことを尋ねようものなら鼻でせせら笑う感じ。人は自らが時代の勢いと共にある時、およそ他を顧みないふるまいに及ぶと知ったもの。
ネットの出現で誰もが平等になれるかのような言説があったが、私には全く信じられなかった。 (矢吹博志)
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