「ビジュアル・アイデンティティー」という言葉がある。「VI」とも略されるが、これは企業ブランドの価値やコンセプトを可視化したもの。専門家の間では「視覚は人の5感の内の70%以上を支配している」とされている。企業や商品、サービスなどのブランディングを行う上で、最も効果的で、最も認知されやすいものがシンボルマーク、ロゴデザイン、ブランドカラーだという。要するに企業理念・ビジョン、商品の価値を可視化し、社会に伝えることがVIの最大の役割だというわけだ。
しかも、企業ではCI(コーポレート・アイデンティティー)を構築していく上で、VIを用いることが社内の意識統一を図ることになり、強いては組織の活性につながっていくともいわれている。
基本的に「ブランディング」は「ブランド」を形作るためのさまざまな活動を指して使われる。つまり、ある商品を、別の(類似した)商品と区別するための一連の要素ということになるのだが、実は、そのことは中森明菜にも共通した部分が多い。
ワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)の藤倉克己(現フリー音楽プロデューサー)が、洋楽部のカリスマ・ディレクターから明菜の担当に異動した際に掲げた基本コンセプトが「歌う兼高かおる」「歌謡曲の王道」「チャレンジ」だ。そんな中で出したのが1985年3月の「ミ・アモーレ〔Meu amor é…〕」だった。80年代のアイドルに詳しい音楽関係者に聞いた。
「いわゆる82年組のアイドルで中森明菜が特徴的だったのは、85年を境にガラッと変わったことです。つまりデビューから3年間はアイドル路線が抜けきれなかったのですが、『ミ・アモーレ』以降は一気にアーティスティックに変貌していきました。藤倉さんの描いた通り、作品的にも〝異国情緒路線〟で世界を旅するコンセプトが明確になり、作品に統一感が出たことは確かです。というより、作品自体が明菜の感性にフィットしたのだと思います。しかも、明菜にもともとセルフプロデュースの才能があっただけに、作品のイメージで衣装や振り付けにこだわるようになった。とにかく歌を視覚的にも訴えていく方向に変わっていきましたね。そういう意味で、VIを先取りしていたような部分はあるかもしれません」