【人生二毛作】大手家電のエリート街道捨て廃業寸前の表具店再建 日本の伝統文化を世界に発信

横尾さんが設計した組み立て式茶室の中で笛を吹く

 以前この欄で、家業の燃料卸問屋をたたんで彫刻家になり、東京・巣鴨のギャラリーで個展を開いた人を紹介したが、ふすまや掛け軸、屏風(びょうぶ)などを扱う表具店「マスミ東京」の社長、横尾靖さん(61)は、会社勤めから家業に入った。最先端のメーカーから伝統産業へと、180度異なる分野への転身である。彫刻家が個展会場に選んだマスミギャラリーのオーナーだ。

 都内の大学を卒業後、大手電機メーカー、NECに入社。海外事業グループに籍を置き、アフリカを担当。パラボラアンテナ、電話交換機、放送設備などの通信インフラ整備の仕事に携わった。ケニアの放送網を160億円かけて整備するプロジェクトの受注に成功し、社長賞を受賞。最年少で主任、主席駐在員、課長へとスピード出世を果たした。

 妻の実家はもともとふすまの製造メーカー。後継者がいないため廃業寸前だった。「日本文化を担う店がなくなるのはもったいない」と、36歳の時に退職し家業を継いだ。

 思い切った決断である。ふすまや障子の需要は減少の一途をたどっている。いわばエリートの道を捨て、斜陽産業に飛び込んでいくようなものではないか。活路は見いだせるのか。

 海外駐在の経験がある元営業マンらしいところだが、横尾さんは海外に販路を求めた。全国の和紙の見本帳を作り、欧米の美術館や博物館関係者に会ったのが功を奏した。

 海外から問い合わせがひっきりなしに入る。絵や本の修復に和紙は欠かせないという。

 「ビックリしました。こんなに日本の紙の需要があるのかと。すぐには仕事に結びつかないけど」親身になって応えているうちに、評判が美術館の学芸員や修復家の間に広まり、注文が増えていった。

 現在は掛け軸をはじめ屏風や額の表装仕立てなどを扱っている。巣鴨のショールームでは、和紙や裂地、刷毛(はけ)などの道具類を販売する傍ら、一般の人が表装の技術を学べる教室も開いている。

 「ゼロからのスタートだけど、知らない世界に飛び込み、新しい仕事に挑戦すると人生を2倍楽しめるじゃないですか。次は何をやろうかなと考えるとワクワクします」

 お茶、お香、連句、しの笛、能管などは一通りトライ。ヨガや太極拳も楽しむ。これぞまさに人生二毛作。横尾さん自身が人生を色鮮やかに整える表具師なのだろう。 =おわり

 ■大宮知信(おおみや・とものぶ) ノンフィクション・ライター。1948年、茨城県生まれ、中学卒業後、集団就職。週刊誌編集者など二十数回の転職を繰り返し、現在に至る。『平山郁夫の真実』(新講社)『死ぬのにいくらかかるか!』(祥伝社)など著書多数。