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【経済快説】「会社のため」不正の心理と個人の責任 日産、神戸製鋼…防げなかった理由 (2/2ページ)

 最大の問題として、個人の責任が会社の陰に隠れてしまい、「会社のため」という名目があると、個人が割合簡単に不正に手を染める心理があったのではないか。

 個人にだけ責任を負わせると気の毒な面もあるが、不正が露見すると逮捕され有罪になって収監されて失職するという条件があれば、個々の社員は不正に手を染めにくかったはずだ。

 「国のため」なら人殺しもできる戦争が典型だが、人は自分のためではなく組織のためという理由があれば、相当の悪事が平気でできる。

 「業績への過大なプレッシャーが原因だった」という報道が少なくない。経営者の責任を問いたいためだろうか。経営者の引責は当然だが、プレッシャーで担当者個人を免責するのは不適切だ。

 また、各社の監督官庁も、基準を作っておいてこの順守を確認する態勢と熱意を欠いていた。会社だけでなく、官僚にも現場の担当者とトップの個人的責任をもっと強く問う仕組みがないと、無責任のコストが安すぎる。

 それにしても、製品の検査が不十分だったとしても、それで起こったトラブルが報じられていない。賞味期限・消費期限が切れた食品を食べてもおおむね大丈夫であるような過剰に厳しい品質基準があって、関係者はこれを知っていてやり過ごしていたのかもしれない。それで許される問題ではないが、興味深い。(経済評論家・山崎元)

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