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【定年後の居場所】西城秀樹さんの歌う姿に自分の人生を重ね… 誰もが何もなく順調に過ごせるわけではない (1/2ページ)

 今年50回目を迎えたNHKの「思い出のメロディー」を先日見た。最近は年末の紅白歌合戦よりも、こちらを楽しみにしている。知っている曲も断然多い。

 番組では、5月に亡くなった西城秀樹さんの「傷だらけのローラ」を氷川きよしが歌い、西城さんと郷ひろみとともに“新御三家”と呼ばれていた野口五郎が「ブルースカイブルー」を歌い上げた。野口の熱唱後、司会の氷川きよし、木村佳乃が感動して号泣するシーンもあった。

 私は西城秀樹さんと同世代なので彼の訃報に接した時の喪失感は大きかった。友人の元校長先生は「彼が亡くなったことは自分には本当にこたえた」としみじみ話していた。同窓会の幹事同士の会話でも彼のことがよく話に出た。「橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の御三家はまだ健在なのに」という発言もあった。

 作家の井上荒野氏は、「まるで長年の友人が亡くなったときみたいにショックだった」と新聞で述べていた。ヒロミやゴローやヒデキは死なないと思っていたそうだ。

 私にもいろいろと彼の思い出があることに気がついた。大学受験で浪人していた頃に週刊誌で彼の記事を読んで、もう彼は世の中に出ているのだと思った。またテレビドラマの「寺内貫太郎一家」では小林亜星の長男役で、2人の喧嘩のシーンは本気ではないかと気になりながら見ていた。

 一番の記憶は、就職した1979年に大ヒットした「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」だ。「Y」「M」「C」「A」を人文字で表現しながら歌い上げる西城さんの歌声は、テレビでも繁華街でも喫茶店でも新入社員の私の耳にいつも聞こえていた。

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