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【こんな時代のヒット力】ロゴマークは「地獄の7年間」支えた“女神”の顔 浅野撚糸「エアーかおる」 (1/2ページ)

 決して安くはないタオルが、累計販売枚数600万枚超。2007年、浅野撚糸(岐阜県安八町)が発売した「エアーかおる」である。年間5万枚売れればヒットと言われるタオル業界で、異例の大ヒットだ。

 しかし、それまで同社が順風満帆だったわけではない。売り上げはピーク時から半減、廃業寸前だった。「借金地獄で、いつ自殺か自己破産かというギリギリの状態」(浅野雅己社長)まで追い込まれていた。そこから、どう大逆転したのか。

 同社は1967(昭和42)年の創業。撚糸(ねんし)の製造を手掛け、大手商社やメーカーから大量受注を獲得し、下請け企業として成長を遂げてきた。撚糸とは種類の違う糸をねじり合わせて作った糸のこと。浅野氏は95年、2代目社長に就任。99年には創業以来最高益に達する。だが、それがピークだった。

 2000年代に入ると安い中国製品があふれ、取引先の多くは生産拠点を海外に移転する。その結果、全国に1万社以上あった撚糸企業は半分以下になった。浅野撚糸も仕事が激減。ピーク時に7億2000万円あった売り上げが2億3000万円(07年)にまで落ち込んだ。

 周囲は「つぶれる」の大合唱。父親の初代社長、博氏も「廃業しよう」と迫る。工場の跡地を借りたいという企業もあり、不動産収入も見込めた。だが、浅野氏は諦めなかった。オリジナルの撚糸を開発して生き残る道を模索する。

 「きっとどこかで花開く。いけるところまでいきたい」(浅野氏)。世界にない撚糸を目指し、ゴムを撚り、紙、鉄、わら、あらゆる素材を撚った。

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