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【定年後の居場所】人生の最期をどう迎えるか 家族や周囲の人との話し合いを忘れずに (1/2ページ)

 東京都福生市の公立病院で人工透析を中止した患者が死亡した問題は、専門家の調査結果を待つ必要があるが、人工透析だけではなく、回復が見通せないにもかかわらず長期に治療が続く場合も少なくない。その際、人生の最期をどのように迎えるかの判断を迫られる場面は、本人にも家族にも訪れる可能性がある。

 「早く病院に来て!」と母から電話を受けて、仕事場から病院に到着すると、戸惑った様子の母が病室の前で待ち受けていた。長く入院していた父はすでに意識はなく、口を開けて天井の一点を見つめるかのようにあおむけにベッドに寝ていた。

 母は延命のために喉から胸を切開する手術をするかどうかを主治医から問われていた。「自然な処置で結構です」と私は答えた。父の生前の気持ちを推測できたからだ。20年ほど前のことである。

 最近の親族のケースでは、亡くなる2カ月ほど前に、主治医からどの範囲の延命治療を施すかを確認されて、その内容を書面で提出した。

 厚生労働省が2007年に出した「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(指針)」では、患者本人の意思の尊重を基本にして、医療・ケアチームによって医療の内容が医学的に妥当で適切かを慎重に判断する、などと規定している。これらによって、きめ細かな対応が進んでいるのだろう。

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