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【渡邉美樹 経営者目線】平成の最後に思う被災地の未来… 震災後に感じた「陸前高田は日本の縮図」 (1/2ページ)

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 5月1日から「令和」となった。連休中は鹿児島県屋久島の宮之浦岳登山で休暇を過ごす予定だ。宮之浦岳は九州最高峰の1936メートルで、登山は往復6時間、なかなかハードだが、今回で93回目になる。大自然の中での登山は、心の瓶(かめ)を水で満たしてくれるような時間で、重要な経営判断や人生の決断なども、ここで多くしてきた。

 さて、平成最後のこの時こそ被災地の未来の話をしたいと思う。私が出馬した東京都知事選直前、2011年3月11日、東日本大震災が発生した。ワタミグループが支援する公益財団とともに即座に被災地にトラック33台で水や食料などの物資を届けて以来、私なりの活動を続けている。

 都知事選では、「全国青年市長会」が私を応援してくれた。その中に陸前高田市の戸羽太(とば・ふとし)市長がいた。そういった経緯から都知事選後、戸羽市長から、市長の補佐役「参与」の打診を頂き快諾した。今思えば、「東京を経営する」より、「陸前高田市の経営のお手伝いをする」ことになったのは、天命にも感じる。

 私はまず、どんな形でも、もう一度、地元の経営者に商売をしてもらおうと考えた。そこで震災から5カ月後の8月末、地元の小学校のグラウンドで「~街おこし・夢おこし~」と題した大イベントを企画、2万人弱が来場した。75の地元のお店がブースを出店。どこも大盛況で、経営者としての誇りや、やりがいを取り戻してもらった。

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