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【売れないモノを売る極意】「四十にして惑わず」「人間五十年」本当の意味は… (1/2ページ)

 今や人生100年時代。40歳や50歳はまだ道半ば、織田信長が「人間五十年~ 下天のうちを比ぶれば~」と舞った戦国時代は遠のくばかりです。さらに2500年前に孔子が説いた教え「四十にして惑わず、五十にして天命を知る」に至っては、現実とはかけ離れた遠い話に聞こえてしまいます。今の40歳は「惑わず」どころか、惑ってばかりだからでしょう。

 しかし最近、「四十にして惑わず」には違う意味があることを知りました。論語に詳しい能楽師・安田登さんの近著『役に立つ古典』(NHK出版)に、「四十にして惑わず」は本来「四十にして区切らず」だと解説されていたのです。なんでも孔子の時代に「惑」の漢字は存在せず「或(ワク=域の原字)」だったのに、日本に入って「惑」が使われたことで意味が変わってしまったのだとか。

 つまり孔子は「四十になって作りがちな或を破って何にでも挑戦せよ」と説いたのです。さらに「五十にして天命を知る」については、孔子の時代の「天命」は「自分が生まれ持った刻印」を意味するらしく、通して意訳すれば「四十になって作りがちな自分の或を壊し、挑戦を続けていれば、五十になって本当の自分を知ることができる」となります。現代にもビンビン通じる、ありがたい教えではありませんか。

 このように、ひょんなことから誤解され、そのまま後世に伝わってしまうことは長い歴史の中で珍しくないのかもしれません。ただ最近インターネットが普及し、情報量が格段に増えたことで人々は様々な角度から物事を見るようになりました。その結果、長年の誤解が解けることも増えたようです。

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