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【ABS世代が「シニア」を変える】いまは海外で人生謳歌! “バブルの申し子”のエネルギー源は「遊び」 (1/2ページ)

 私(鈴木)が主宰するABS研究会は、海外在住の日本人ABS世代からも情報を受け、これまでにないシニアのライフスタイルやマーケティング分析結果を発信したり、企業のコンサルティングを行っています。

 今回ご紹介するABS研究会ロサンゼルス駐在員の「新宿幸子」さんこと、小林幸子さん(58)は、新宿生まれ新宿育ちの元ミス新宿。彼女もバブル期を謳歌し、その後、渡米して2人の子育てをしながら仕事を続けてきました。異文化の中で頑張れるモチベーションは、実はバブル時代に培った自分への信頼と自信であると言います。

 幸子さんは当時隆盛を極めたイベント・コンパニオンでした。1984年、MAZDAミス・ロータリー原宿ショールームスタッフとなり、東京モーターショーではナレーターを務め、レースクイーンとして全国を飛び回り、“マツダの顔”として活躍していたそうです。

 また、これも当時大ブームだったミス・コンテストで数々の賞を受賞。それを機に、モデルやタレント活動をするなど、まさに「バブルの申し子」のような経験をしました。そして、バブルがはじけた直後の92年に結婚・渡米。現在はロサンゼルスで日本語テレビ番組のアナウンサー、司会者、声優、アジア人モデルなどの仕事をしているそうです。

 幸子さんにとってバブル時代は、生活すべてが夢のような毎日。金回りがいいだけでなく、当時のABS世代がどれだけ「仕事、遊び、生き方に積極的だったか!」を当事者として目撃しています。

 当時は日本全体が好景気に沸き、特にABS世代は時間を惜しんで仕事と遊びを両立していました。その驚異的な気力と体力の裏には各人の意欲と努力があったのです。

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