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【榊淳司 マンション業界の秘密】バブルは同じ顔で来て…“違う後ろ姿”で去っていく! 過去2回よりきつい?コロナ騒動 (1/2ページ)

 私は社会人として3度のバブルとその崩壊を眺めることになりそうだ。

 1987年頃から本格化した平成大バブルを経験したのは、20代の半ばから後半だった。

 85年のプラザ合意以降の円高による不況対策で、大蔵省(当時)が「過剰流動性」と呼ばれるマネーを金融市場に流し込んだのが原因だ。

 当時の私はサラリーマンだった。所属長のデスクに置かれた書類入れの引き出しには、タクシー券が無造作に入れられていた。「終電がなくなったら使っていいから」

 もちろん、終電前に同僚、先輩と飲みに出かけて、終電後に使っていた。それでも会社は黙認状態。問題は、終電直後だとタクシーが拾えないことだった。うまく捉まえても、数千円くらいの距離だと渋い顔をされた。

 あの平成バブルは90年の正月からゆっくりと崩れ始めて、93年頃にはほぼ終わっていた。バブルという言葉が定着したのも、その頃だったように思う。

 97年から98年頃は大型金融機関の倒産が相次いだ。その頃から深刻な不況感が世間に蔓延。就職氷河期が始まった。

 私は小さな会社を経営していたが、社員を募集すると何十人もの応募があった。3月頃だと、新卒者まで混じっていた。

 マンション市場も低迷を続けた。2002年頃に山手線沿線で売り出される新築マンションの坪単価は、200万円ちょっと。今の相場の半分以下である。

 05年頃、マンション市場に異変が起き始める。不自然に価格が上昇し始めたのである。しかし、個人所得は上がっていないので、一般消費者の動きは鈍かった。そんな割高の新築を1棟単位で買っていく組織が現れた。

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