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【定年後の居場所】日々のルーチン先「書店」で大興奮 拙著の購入者をその場で見た (1/2ページ)

 子供の頃は、オモチャ屋よりも本屋が好きだった。薬局をしていた実家の一軒置いた隣が貸本屋で、漫画本をよく読んでいたからかもしれない。単行本だけでなく、「少年マガジン」「少年サンデー」などの週刊誌のほかに、「少年画報」や「冒険王」などの月刊誌やその付録も楽しみにしていた。

 貸本屋のおじいさんは、いつもとぼけた感じで、1964年の東京オリンピックが近づいていた時に「アメリカのボブ・ヘイズ選手が、人類で初めて100メートルを10秒切って走りそうやで」と小学生の私が言うと「人間が、100メートルを1秒早く走ると、それでなんかなるのんか?」と難しい宿題を出してくれた。本を借りると大学ノートに鉛筆で1行ずつ、日付と名前と書名を書いて返却すれば線を引いて消していた。

 中学生以降は遠出をして神戸の元町商店街にあった大型書店や古本屋にもよく行った。それは成人してからも変わらなかった。当時は、駅前には必ず書店があって会社帰りや休日には本屋に立ち寄っていた。

 文章を書くようになって以降は、通勤途上にあった梅田の紀伊国屋書店に行くのはルーチンとなった。1年に360日は書店に通っていただろう。

 本を書く人の中には、自分の作品の内容にこだわる人も多い。それはそれで素晴らしいことだ。ただ私は本の出版はビジネスだと思っているので、顧客との接点である書店にどのように並べられて、どれだけ売れているのかがどうしても気になる。出版社にも書店にも損をさせたくないという気持ちが先行するのだ。生命保険会社の勤めが長かったからかもしれない

 毎日通っていると面出し(客の目線で表紙を見せて陳列)になっている本の変化や、書店員さんが一定のルールで本を並べ替えていることにも気づく。また長く立ち読みしている人は本を買わないこともわかってきた。

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