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【トップ直撃】日本のピザ市場のアマテラス 宅配にも縁、弟がドミノ・ピザを日本展開 デルソーレ・大河原愛子会長 (3/3ページ)

 【留学】ハワイ出身。15歳で来日し、アメリカンスクールに通う。飛び級で1年で卒業し、米イリノイ州のノースウェスタン大学に留学した。

 「女子学生の多くは『ソロリティ』という会に入って生活していました。私もどうしてもトップの7~8つの会に入りたくて、メンバーによるパーティーや面談を繰り返すのですが、いつも最後で落とされる。当時は全米組織の本部に白人しか入れないというルールがあったのです」

 エネルギーを違うところに向けようと、生徒会の選挙に立候補し、当選した。「会長と副会長が組んで出るんですが、私が副会長で、会長はのちに米民主党下院院内総務になったリチャード・ゲッパートさんでした」

 その後、スイスのジュネーブ大学に移った。「自分の世界も広くなりましたね」

 【これまでの仕事で最高の瞬間】1993年の株式公開。「24歳で経営を始めた当初は、銀行も簡単に融資してくれず、サプライヤー(仕入れ先)も手形の期間を短くするなど条件が厳しかったですね。若い女性の会社で働くのは不安だと社員もなかなか来てくれませんでした」

 そこで、会社の信用を付けるために会社を上場させる決断をした。

 「上場の条件がいまよりもかなり厳しかったこともあり、反対する人や、できないだろうという人も多かったので、実現できたときはたいへん喜びましたね」

 【趣味】「スーパーやデパートを巡るのが楽しみです。若いころからやっていて、できるだけ広い範囲に行きます」という。

 「以前、東京・高輪のスーパーを回っていたら、ダイエー創業者の中内功さんご夫妻に出会いました。ダイエーが業界トップの時代でした」

 店頭で見るのはマーケットのトレンド。「うちの業界では新製品や値段などもチェックしますが、大手チェーンの経営者の考え方もよく分かりますね」

 【ウォーキング】「以前は皇居を一回りしていましたが、一緒に歩いていた友人でブルドックソース社長だった池田章子さんが2017年に亡くなって以来、行っていません。寂しいですね」

 【座右の銘】《為せば成る(Can Do!)》

 「チャレンジしなくなると人生終わりだと思います。毎朝目が覚めて、大きなものでも小さなものでもとにかくチャレンジしなくちゃ。ポジティブに考えないとやる意味がありません」

 【会社メモ】冷凍ピザを日本に初めて輸入・製造して以来、世界のパンを提供する食品事業のほか、外食事業、海外事業も展開する。本社・東京。1964年ジェーアンドシーカンパニー設立。81年ジェーシー・フーズに商号変更、93年日本証券業協会に店頭登録。2000年ジェーシー・フーズネットに商号変更、02年東京デリカを吸収合併する。03年ジェーシー・フーズネットとコムサネットが合併しジェーシー・コムサ設立、04年10月にジャスダックに上場、20年7月現商号に変更する。20年3月期の単独売上高178億円、最終利益5億円。従業員数1118人(20年3月末現在)。

 ■大河原愛子(おおかわら・あいこ) 1941年11月15日生まれ、78歳。米ハワイ州ホノルル生まれの日系3世。15歳で日本に移住し、米ノースウェスタン大を経てスイスのジュネーブ大経済学部に。同大法学部に転じて64年卒業。66年ジェーアンドシーカンパニー(現デルソーレ)代表取締役社長、2000年から代表取締役会長。日米協会顧問や国連WFP協会顧問、ピザ協議会会長も務める。夫の毅氏はデルソーレ代表取締役CEO。

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