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【独話回覧】現状は日本も世界も警戒ライン突破 日本だけが株高だった30年前のバブルピーク 「回想イトマン事件」に思う (1/3ページ)

 新型コロナウイルス・パンデミック(世界的大流行)第3波の巨大なうねりが世界を覆っているというのに、株価だけは上昇を続けている。本紙でのもう一つの連載『お金は知っている』の昨年12月24日発行分で、株式時価総額の国内総生産(GDP)比が100%を超えたときはバブルの黄信号だという市場の経験則を取り上げ、その点で今回の株高が当てはまるかどうかについて解説した。

 そんな折、筆者の古巣、日本経済新聞時代の同僚で、特ダネ記者としてならした大塚将司氏が新刊を送ってきた。

 『回想 イトマン事件-闇に挑んだ工作 30年目の真実』(岩波書店刊)である。住友銀行(現三井住友銀行)から約5000億円が闇に消えた「イトマン事件」の内幕を30年以上たった今、事件の端緒をスクープした著者が明らかにしたものだ。

 同著では筆者(田村)も一幕だけ登場するが、筆者には忸怩(じくじ)たる回想がある。

 日本の株式バブルのピークが1989年12月末で、日経平均株価は3万8915円を付けたが、90年の新春から下落を始め、奈落の底へと突き進んでいく。

 株価が2万円割れしそうな情勢だが、いずれ反転するとの楽観ムードが漂っていた90年9月15日、土曜日の午後。筆者は日経経済部の編集委員として米国や欧州を飛び回っていたが、ちょうど海外出張の合間の週末にデスク仕事をさせられていた。

 週末は通常、現場からの書き置き原稿をもとに紙面を編集するので、平日のような緊迫感はない。会社に上がってくる記者はおらず閑散としている。ふと見ると大塚記者が横に来て原稿をすっと出す。経済部内では異端児だったが、取材能力は、ず抜けていた。妙にウマが合うが、いつもの調子でぶっきらぼうだ。

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