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【定年後の居場所】なかにし礼さん追悼 歯切れよくカッコよかった講演会 (1/2ページ)

 「北酒場」や「石狩挽歌」など、昭和を代表するヒット曲の作詞家で、直木賞作家のなかにし礼さんが、昨年12月23日、東京都内の病院で亡くなられた。82歳だった。

 十数年前に、大阪のHEPホールで講演を聞いたことがある。当時の私は文章を書き始めたばかりで、とにかく作家の講演会があればどこにでも足を運んだ。たしか日本ペンクラブ主催の講演だった。

 作詞家デビューした頃に東京の交差点で信号が変わるのを待っていると、横にいた若者が、自分の作った歌を口ずさんでいるのを聞いて、この仕事をずっと続けていこうと決意したと語っていた。講演が終わって会場から興味ある質問が続いた。70歳くらいのご婦人が「私は朝鮮と満州の国境近くで生まれて日本に引き上げてきました。最近旅行で生まれ育った場所に行ってきました。そこで秋風に吹かれていると幼女時代に感じたものがまざまざと蘇ってきました。主人も亡くなったので最期はあそこにお墓を作って眠りたいのですが、先生はどう思われますか?」と質問した。

 満州からの引き揚げ者で、小説『赤い月』の著作もある彼は、自分も子供の頃の満州の土地のにおいや雰囲気は体の中に強く残っているといい、質問者が話した気分と同様なものが私にもあると答えていた。

 また「作詞家と作曲家はどのように連携して曲を作るのですか?」という質問に対して、両者は一つの曲を作るパートナーであるが、一方では敵でもある。互いに相手を上回ろうとする戦いがなければよい歌はできないと語るなど、興味ある話が満載だった。とにかく歯切れがよくてカッコよかった。

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