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【定年後の居場所】60歳で「京都移住」の決め手 永江朗さんら2冊の本に感銘

 先日、60歳を機に東京から京都へ移住した人の話をZoomで聞いた。出版社でサラリーマンを続け、40代後半に独立して個人で出版社を買収。今回の移住で、役員と経理担当だけを東京に配置して、事業拠点は京都に移し企画編集から庶務、雑務一般までを一人でこなしているそうだ。京町家を改修した建物の2階を住居、1階をオフィスにして職住隣接の生活を送っているという。

 このインタビューを聞きながら、なぜ京都なのか? 確かに京都は素晴らしい街ではあるが、あこがれが強すぎるのではないだろうか。地元の人との付き合いに対して不安はないのかと疑問がわいてきた。また60歳前後にもなれば、終の棲家をどこにするかという問題や、親の介護をどうするかの疑問もあったので、京都移住に関する本を何冊か読んでみた。

 初めに目を通したのは人気ライターである永江朗さんが書いた『そうだ、京都に住もう。』。50代で築百年の京町家を購入。リノベーションして快適に暮らすまでの1年余りを詳細に記録した本である。そもそもの始まりは茶室を持ちたかったことだという。東京の各地も候補に挙がったが結局京都に落ち着いた。自転車でどこにでも行けるという街のサイズや書店などの文化施設が充実していることも決め手だったようだ。

 書籍では不動産会社の社長とのやり取り、リノベーションを担当した業者の声、実際の住み心地も盛り込まれていて、京都移住のプロセスがリアルな物語になっている。永江さんの住まいが東京と京都の2つになって、仕事にも生活にもメリハリがきいている様子もうかがえた。

 もう1冊は、『死ぬなら、京都がいちばんいい』(小林玖仁男著)。著者は埼玉・北浦和の有名会席料理屋「二木屋」の主人。難病の間質性肺炎と診断されて、医師から「余命は長くて5年」と宣告された。自分の死に際して綿密なエンディングリストを作成して次々と実行してきたが、「京都に最期に住むこと」が最も達成したい願いだということに気づいた。

 そしてすぐに住居と料亭経営をすべて整理して京都・西陣のマンションに引っ越した。2014年のことである。自分に引き直して考えてみれば、このような移住は簡単にできることではない。まさに死から逆算しての決断だったのだろう。執筆した本は京都の街に溶け込んで生きる彼の姿が随所にうかがえる古都ガイドだ。「悔いなく生きる 人生を謳歌する」というメッセージが込められている。残念ながら小林さんは2019年3月に永眠された。享年64。私と同世代だ。

 この2冊の本を読んで感じたのは、やはり住む場所を変えるというのは大変な作業であり、単なるあこがれだけではできないということだ。同時に自らの想いを実現したり、現在の状況を思い切って変えたりするためには移住という選択肢もあり得る。いろいろな条件を周囲が語るよりも、本人の強い思い入れこそが移住の意味を高めるポイントであることを思い知ったのである。

 ■楠木新(くすのき・あらた) 1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。50歳から勤務と並行して取材、執筆に取り組む。2015年3月、定年退職。現在、神戸松蔭女子学院大学教授。人事・キャリアコンサルタント。25万部を超えるベストセラーになった『定年後』(中公新書)など著書多数。20年1月に『定年後のお金』(中公新書)を出版。

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