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【定年後の居場所】49歳まで無名“奇蹟の画家”石井一男 絵の売上は寄付すると申し出たが…「おカネは結構です」 (1/2ページ)

 ノンフィクション作家である後藤正治氏の『奇蹟の画家』(講談社)を読んだ。神戸のギャラリー島田の代表である島田誠氏と、無名だった孤高の画家・石井一男さんとの出会いとその後を描いた作品だ。読み始めると止まらなくなった。

 石井さんのことは、かなり以前に新聞で読んだ記憶があったが、忙しさにかまけてそのままにしていた。長いコロナ禍で私は地元の神戸を歩き回る機会が多くなって、生まれ育った地域に縁のある人を調べていく中でこの本を手に取った。

 1943年生まれの石井さんは神戸市兵庫区の東山市場近くに住んでいて、私が中学生で野球部にいた時はすぐ近くのグラウンドで練習もしていた。

 「これは素人の手遊びとはとても言えない。(中略)これだけの作品を描ける人が49歳まで、どこにも作品を発表せず、完全に無名で、かつ展覧会を何度も開けるくらいの高い作品を描き続けていたとは、信じられない」。石井さんの絵を初めて見た時の島田氏の驚きについて『奇蹟の画家』ではこう紹介されている。

 石井さんは、父親が戦死して長らく母親との2人暮らしで、古い棟割り住宅の2階にずっと暮らしてきた。定職についたことはなく、当時は、新聞の夕刊紙を地下鉄の駅々に届けるアルバイトで生計を維持していた。通った小・中・高、仕事先、買い物先、出向いた映画館など、60代半ばまで、神戸の湊川・新開地を中心に半径3キロの丸を描くとその円内に歩んできた生息圏がほぼ収まっているという。若い時に一時期絵を描いていたが、45歳から再び取り組み始めたそうだ。描く絵は、ほとんどが女性の顔だ。

 本を読んだのちにネットで調べてみると、翌週にギャラリー島田で石井一男作品展が開催されることを知った。私には絵心はないと決めつけていたので、画廊に足を踏み入れることは今までなかった。一方で、人の顔つきには小さい頃から興味があったので肖像画には少し関心をもっていた。

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