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【お金は知っている】日経平均3万円台「株式バブル」はまだ既視感の域を出ない 健全な市場なら金利上昇局面では株安に (1/2ページ)

 あれよと言う間に日経平均株価が約30年ぶりに3万円台に回復したかと思えば、割り込む。ロスジェネ世代にとってみれば、1980年代後半の株式ブームは物心がつく前のことだから、今は株式バブルのデジャブ(既視感)とも評されるが、本物のバブルとはかなり違う。かの平成バブルとその崩壊の深層は何なのか、改めて論じてみた。

 80年代後半のバブルと90年以降の崩壊は日銀政策の誤りによるとの説が専門家の間で定着している。筆者のみるところ、日銀政策は一因には違いないが、主因ではない。「主犯」と言えないまでも、より大きな責任を負うべきなのは、大蔵省(現財務省)のほうである。

 当時、官庁の中の官庁である同省は日銀を支配下に置き、日銀は通称、「大蔵省日本橋本石町支店」と呼ばれていた。同省は米国やドイツとともに、ドル安円高を誘導する85年9月の「プラザ合意」を演出したが、日本経済は円高不況に陥った。米国からは内需拡大圧力が高まったが、同省は財政出動を避け、日銀に利下げに踏み切らせた。

 株価や地価が上がり始めると日銀は利上げを検討し始めたが、米財務省と米連邦準備制度理事会(FRB)はドル不安を招くとみて警戒し、大蔵省を通じて日銀内の利上げ支持派を抑え込んだ。87年10月にはニューヨークの株価大暴落が置き、日銀は否が応でも超金融緩和政策を長引かせざるをえなかった。

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