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【ABS流 令和NEWバブルのすすめ】新人や門外漢に成功の秘薬「やりがい」を与えよ リスクを恐れなかった「超好景気時代」が良き模範 (1/2ページ)

 バブル景気は、1986年12月から91年2月までの51カ月間、ちょうど昭和の終わりから平成の初めにかけての超好景気時期を言います。

 金余りとなった当時は不動産価格が急激に高騰。山手線の内側の地価でアメリカ全土の土地が買えるとも言われていました。信じ難いほどの、まさにバブルな経済状態でした。

 街には土地成金や株成金があふれ、ゴルフ会員権はもちろん、スポーツジムやテニスクラブの会員権も高騰。会員権やカード、車やファッションなど、ステータスシンボルになるものにお金をかける風潮が生まれました。

 ステータスシンボルのニーズに応える高級な商品やサービスを発表すれば、それだけで売れる。そんなビジネスチャンスがあちこちに転がっていたのです。

 発売すれば売れる、という時代に、日本企業は拡大路線を突き進みましたが、そこで起きたのが人材不足という問題。良い人材を採用するため、企業は求人枠を増やし、リクルート社などの求人誌はどんどん厚くなりました。海外留学している学生向けの求人メディアや大学院生向けの求人誌も出版されたほどです。

 それでも人材はなかなか採れず、ついには研修や調査などの名目で学生を海外リゾートに行かせたり、海外事務所に書類を取りに行くアルバイトといった手口で、優秀な学生を囲い込んだりしていました。

 そうして人材を確保したあと、企業が考えたのは新入社員が辞めないための施策です。多くの企業は新入社員に『やりがい』を感じさせるべく、新入社員だけでチームを組ませて自由に商品やサービスを作るプロジェクトを発足させました。

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