子供から大人へと成長していく時代、「楊夫人(マダムヤン)」(ハウス食品)の存在はインパクトがあった。この「面妖な」インスタントラーメンの発売は昭和57(1982)年のことであった。
当時の子供たちの間でさえ、インスタントラーメンというものは、中華料理店で食べたり店屋物としてとったりするラーメンではなく、いわばそれに似せた「雰囲気だけのもの」だということがわかっていた。
ところが、このマダムヤンが「訴えた」ことは、インスタントラーメンなのにこんなにおいしいし、しかも値段も高い。「本格中華料理店にしかいないような楊夫人がサーブしてくれる1杯2800円ぐらいの気分のラーメンはどうよ」ということなのであった。
面妖さをもう少し解説する。当時の子供たちの混乱の大きな要因は、「マダム楊」という妖艶なキャラ設定に負うところが大きい。チャイナドレスに派手な化粧、神秘なる異国女性のかもし出す艶やかなたたずまい。今ほど性風俗的なものが蔓延していない世の中に「ブラウン管」を通じて、そんな「お色気」がラーメンとともに飛び込んできたのだから、味よりも前に子供たちの脳天はぼんやり。発売時、私はすでに高校生であったが、なんだかポカンと口を開けてCMを見ていたような記憶がある。
マダムヤン発売当時の価格は300円。現在の価格に直すと約370円だ。現在のラーメン価格の高騰を考えると安い感覚があるが、当時のラーメンの値段はある資料によると300〜320円あたりとなっている。要するにマダムヤンは、店のラーメンと同じ値段設定なのだ。
実際にうまかったかどうかは各人の思い出におまかせしたい。だが、最後にこれだけは言いたい。おとなになるとマダム楊みたいな美女に出会うことができると勝手に期待していたが、いまだにそれらしき人とお知り合いになった覚えがない。 (中丸謙一朗)