【人たらしの極意】ビートたけし、小向美奈子らに慕われた「浅草ロック座」智恵子ママの“遺言”

「浅草ロック座」名誉会長の斎藤智恵子さん

 ヘアヌード時代に毛の商人と呼ばれた私も大いに薫陶を受けたストリップ劇場「浅草ロック座」名誉会長、斎藤智恵子さん(享年90)。連休まっただ中の1日、東京・浅草の東本願寺慈光殿で営まれた通夜には智恵子ママを慕う約200人が参列した。

 テレビカメラがビートたけしに群がる中、私は女剣劇の浅香光代と世志凡太の夫妻と同席した。サッチーvsミッチー騒動のとき、私は野村沙知代側についていたのだが、「高須君、別れた女房とは会ってるの?」と浅香さんに聞かれた。

 当時、テレビリポーターだった元妻はミッチー側だったが、別れて十余年が経つ。私も実際は、浅香さんと同門のようなものだ。

 ストリッパーの草分けだった智恵子ママは、男女問わず芸人や俳優を育てあげたが、アイドル出身の小向美奈子が浅草ロック座で踊り子に転身したときは、「裸体稼ぎ人」の心意気を優しく伝授した。通夜に駆けつけた小向はむっちりした体を喪服に包みながら報道陣に囲まれ「今の私があるのはママのおかげ」とポツリ。唇をかんだ。

 ストリップの極意はチラリズムだが、そもそも男装の渡世人姿で、すそから太ももを覗かせたのは、女剣劇・浅香の真骨頂だった。もとは、智恵子ママが36歳のときに「東八千代」の芸名で和服姿の踊り子となったときのお家芸でもあった。「あからさまより、チラリズムにエッチの本質があるのよ」と浅香さんに諭された。

 顔見知りの東本願寺の職員から、「高須さん、斎藤会長のお好きだった酒は何ですか? 遺影の前に置きたいのですが」と問われたが、「酒はいいよ…」と答え、浅香さんと献杯した。 (出版プロデューサー)

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