【アイドルSEXY列伝】ビキニNGだった川越美和さん、清純派女優の悲しい最期…残念

川越美和さん

 川越美和様の孤独死報道に言い知れぬ衝撃を受けております。

 芸能界を引退されたことは知っていたのですが、まさか引退した翌年に亡くなられていたとは…。きっとどこかで幸せに暮らしているのだろうと想像しておりましたので、残念というか、無念というか。

 美和様を認識したのはかなり早かったと思います。

 初見は1988年ごろの雑誌「Momoco」(英知出版)の美少女発掘&紹介企画“モモコクラブ”。

 これは当時、アイドル候補生をいち早く紹介する連載企画で、まだ出版業界に入っていないワタクシは、ひとりの美少女ヲタ、アイドルヲタとして鹿児島の素人美少女だった美和様を「おっ、いい」と認識したのです。

 その後、89年から、縁あって男性週刊誌のグラビア記者に。

 先輩M記者から酒席で「新人アイドルだと誰のファンなの?」という質問に、デビューはしていたものの、まだ無名の美和様の名前をあげたことがあります。

 「マニアックだねぇ。でも、うちは昨年、歌手デビューのときに水着撮影してるな」と。

 後半グラビアのモノクロ3P企画『美女接近』での撮影でした。

 「おとなしいコで、いまどきのタレントにしては控えめでピュアタイプだったな」と先輩M記者。

 現在のグラビア撮影では、水着に対しての制約はあまりないのですが、当時はビキニNG、ハイレグNGというタレントも多い時代でした(まだTバック夜明け前です)。

 美和様もビキニNGでワンピース水着もスポーティーなもの限定という制約があったようです。

 その後、4枚目のシングル『夢だけ見てる』の衝撃。作詞・小椋佳氏、作曲・玉置浩二氏というアイドル歌謡の名曲中の名曲だと今も思っています。その後、女優としての活動も増え、所属していた媒体のテレホンカードのモデルにも。

 いつか取材するチャンスがあるのではと思っていたのですが…。

 清純派女優のあまりにも悲しい最期を残念に思うのです。 (永瀬白虎)