【人たらしの極意】“内助の功”だった小林麻央さんの闘病ブログ 歌舞伎界の金看板を支え、世襲制受け入れた大きな器

小林麻央さん

 小林麻央さんの死去から3日後の25日、東京・渋谷で自主公演「ABKAI」の千秋楽に臨んだ市川海老蔵のVTRが日本テレビの追悼番組で流れた。番組視聴率は15・4%(ビデオリサーチ、関東地区調べ)と関心の高さを示した。

 ニュースキャスターだった妻が、「困っている人を助けに行きたい」という信念をもっていたことを挙げ、「日本で一番困ったちゃんだった俺を助けに来てくれた」と感謝した海老蔵は涙にくれた。

 私は、海老蔵が石川五右衛門を演じたこの公演を人に紛れて中日(なかび)に見たが、「いい梨園の妻を持ったな…」とシミジミ感じた。

 扇千景、浜木綿子、富司純子、近藤サト、三田寛子、竹内結子、藤原紀香…。戦後、梨園に嫁いだ女性たちをざっとあげただけでも悲喜こもごも。別れた人もいる。

 「歌舞伎界の金看板を陰で支えるのは並大抵じゃない。世間的な小さな幸せや道徳・倫理を求めたってムダ。永い世襲制を受け入れる大きな器の母でなければいけない」

 私淑する歌舞伎界の大物が私に教えてくれた金言だ。麻央さんはまさにそれを体現した。海老蔵が酒場で傷を負い謹慎したときも聖母のように“赦(ゆる)した”。そして、2児を授かった。

 病床のインタビューでは、病を得て、夫の世襲のプレッシャーのつらさを理解した、とも明かしている。

 一方で、乳がんの「ステージIV」を明かして以後、夫婦の“往復書簡”のように細やかなブログを書き続けた。ブログの頻繁な更新を「闘病費用の一部に充てているのでは?」とささやく無粋なヤカラもいるが、それこそが、けなげな内助の功ではなかったか。夫婦生活は短くとも、「これからも麻央ともにある」という成田屋のこれからに大いに期待する。 (出版プロデューサー)

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