【人たらしの極意】一途な女だった野村沙知代さん、4人の男に捧げた人生 「野村克也がナンバーワン」が常套句

豪快だが、夫を立て続けたサッチー

 サッチーこと野村沙知代さん(享年85)の訃報が関係者の間に流れた8日夕、私のケータイは報道各社から問い合わせで鳴りっぱなしだったが、「もう長く会っていない…」と答えるしかなかった。一時は深く関わり、確執もあった。

 ミッチー・サッチー騒動(1999年)の後、サッチーが世間のバッシングを受ける中、私はサッチー本を2冊プロデュースした。「高須、あんたに、まかせたわよ」。どこか腹をくくった男気があった。

 息子・克則氏の妻、有紀子さんとサッチーの共著による『日本一勇気ある嫁』では、「日本一怖くて強い姑」サッチーとの4000日戦争を公開して話題に。サッチーの写真集も手がけたが、こちらはなぜか売れなかった…。後年、肖像権をめぐって裁判でやりあったこともあったが、今では良い思い出だ。

 歯に衣きせぬ派手な言動で世間を騒がせたサッチーだったが、4人の男のために捧げた人生だったな、と思う。前夫との間にもうけたダンとケニー両氏、野村克也氏と“ダブル不倫”と騒がれながら、愛を貫いた末に生まれた克則氏の3人の息子。そして、野球一筋の克也氏をだれよりも立てて生き抜いてきた。

 かつて、南海ホークスの監督だった克也氏に解任騒動が持ち上がったとき、球団オーナーから「野球をとるか、女をとるか」と突きつけられたのは有名な逸話だ。当時事実婚状態だったサッチーとの踏み絵に、「女を取る!」。その後の大波小波の中、克也氏が野球人生を貫いてこられたのは、内助の功だ。

 「私が悪役でいいの。野村克也がナンバーワンなのよ」

 それが常套句。73歳のとき、若返りの整形手術を受けたのも、年下の夫の前できれいでいたかったからだ。実は一途な女だった。 (出版プロデューサー)

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