《zak女の雄叫び お題は「白」》頭が真っ白になるくらいの興奮を「第九」で 200年経っても色あせないベートーベンの叫び

 今年も日本に「第九」が響く季節がやってきた。

 「歌ってきた。頭が真っ白になった。最後、歌いながら涙が流れたのよ」

 関西では「1万人の第九」というイベントが30年以上続けられており、そこに初めて参加した一人が興奮気味に話してくれた。

 頭が真っ白になるくらい没入できる興奮を与えてくれるのが第九だという。

 ベートーベン(1770~1827)が残した交響曲第9番は、日本で「第九」と呼ばれて親しまれている。第九といえば、ベートーベンのもので、ほかの作曲家の交響曲第9番は指さない。ドボルザークでも、ブルックナーのでも、マーラーのものでも。

 日本では、大正7(1918)年に徳島の「板東俘虜収容所」でドイツ人捕虜たちによって初めて演奏された。来年で100年だ。そして日本人による全曲演奏は大正13(1924)年11月、東京音楽学校(現・東京芸術大学)で初めて開かれた。これも歴史がある。

 さらに日本で師走に頻繁に演奏されるようになったのは、戦後オーケストラが正月前の臨時収入を当て込んで客を呼べるこの曲を演奏したことがきっかけと言われている。

 ベートーベンは青年時代にドイツの詩人、シラーが書いた詩「歓喜に寄す」に出会い曲をつけたいと願った。そしてその人生の終わりに近づく1824年に、音楽史上最も重要な作品の1つとなるこの交響曲を書き上げた。当時の交響曲のスタイルの常識を越え、その後の作曲家、演奏家に与えた影響も大きかった。

 まず長い。全4楽章で演奏時間は70分以上となった。そして交響曲に声楽、それも合唱を取り入れた試みは最大の特徴となった。第4楽章で1から3までの各楽章の主題を打ち消すように出てくる「歓喜の歌」は、「すべての人はみな兄弟になる」と高らかに歌いあげる。ソリスト4人と合唱が声を合わせる「フロイデ(歓喜よ)」のフレーズは、平和と人類愛を説くためにベートーベンが音楽に託した叫びに聞こえる。

 曲に込められたこの叫びが、何年時を経ても人を感動させる。ヨーロッパでは、1989年のベルリンの壁崩壊を受けて行われた記念演奏会など重要な局面で演奏されてきた。

 そして今、日本は「第九」を最も多く演奏している国かもしれない。合唱人口の多さも反映していると思うが、人気指揮者たちの多くが「第九を100回以上指揮してきた」と話す。合唱の部分は「歓喜の歌」と題がつけられ、日本語歌詞で歌われることもある。

 多くの人が声を合わせて第九を歌いたいと思う。また、多くの聴衆が聴きたいと願う。ベートーベンの叫びは200年の時を経てもまったく色あせず、共鳴する人を求めている。(音)

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 年末に1回、大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏を聴きに行こうと思っています。

 【zak女の雄叫び】取材や日常…。女性記者21人が月ごとのキーワードで本音を綴るリレーコラムです。12月のお題は「白」です。