【ぴいぷる】森田正光氏、粋でユニークな風流予報は雲上人の教え 「忠実にパクりまくった」

森田正光氏

 テレビのお天気コーナーでおなじみの気象予報士兼気象予報会社「ウエザーマップ」取締役会長。ガチガチの天気予報に時節の話や伝承などを加えた“風流気象予報”には定評がある。

 例えば-。

 「天高く秋の空を埋めるうろこ雲。お椀(わん)の中の温かいみそ汁のまだら模様に似てませんか。この模様はみそ汁の表面とお椀の下の方の温かい部分との温度差で起きた対流が作ったもの。うろこ雲も同じです。上空で対流が起こり始めている証拠なんですね」

 戦前の物理学者・寺田寅彦の、ひと筋の湯気から壮大な気象の話が展開する「茶わんの湯」を彷彿とさせる話。へぇ…と耳をそばだてていると、「うろこ雲はきれいですが、後ろには前線や低気圧が控えていて、お天気が崩れることも多い。だから『うろこ雲と厚化粧は長続きしない』という格言が生まれました。まさに雲から学ぶ人生の教訓です」と卑近な例で締めくくる。わかりやすい。粋である。

 「僕にとっては寺田、藤原(咲平=気象学者、作家・新田次郎の伯父)、倉嶋(厚=気象学者)は気象の神様、雲上人ですから。特に倉嶋先生は僕の全身の細胞をつくっているのではと思うぐらい憧れてやまない方でした」

 8月3日、倉嶋さんは鬼籍に入り、「母親の葬儀では1回しか泣かなかった僕が、号泣のし通し」だったそうだ。

 「遺骨を拾いながら僕は、倉嶋先生が説かれた気象の知識の大事さ、防災の大事さを語り継がねばと思った。そして命日を先生が作った熱帯夜という気象用語にあやかり『熱帯夜忌』としたい。多くの人にね、先生のメッセージ知ってほしいんです」

 「実はね」と続ける。

 「風流気象学の創始者は倉嶋先生です。僕は先生の方法を忠実にパクりまくっただけ。だから倉嶋イズムの正統な継承者なんです、僕は」

 ちゃめっ気をたたえた目が細くなる。だが倉嶋さんに誓った防災意識の普及は忘れない。

 暴風、竜巻、ゲリラ豪雨、巨大台風に豪雪…。近年気象庁からは「これまでに経験したことがない」と冠する「極端気象」がよく発表される。

 「ここ10年で1時間に50ミリメートルを超える大雨警報級の雨は以前の1・3倍、極端気象は3倍に増えたと言われます。インフラが整い人的災害は減少傾向、でも海面水温の上昇や地球温暖化で大気中の水蒸気の量が増え、これからも気象は一層凶暴化するでしょう」

 それでも手はある。「情報は命を救う」。そう信じている。

 伊勢湾台風(1959年9月26日上陸)では台風の進路予報はきちんと出されていた。が、約5000人にも上る死者を数えたのはなぜか。

 「当日は土曜日で半ドンでした。せっかくの情報は気象に関わる人たちの机上におかれたまま一般に知らされることなく、放置されたんです」

 2年後襲来した第二室戸台風は規模では伊勢湾台風を上回る。死者は200人と少なかった。

 「伊勢湾の轍を踏まないため、情報を得て避難した人が多かったのです」

 気象災害を避ける方法は正しい情報=異常のキャッチと避難に尽きる。情報を知るのは、異常現象に今まさに遭遇している「あなただ」と説く。危機回避の行動は「逃げるかその場にとどまるか」の選択だ。その見極めは普段からのシミュレーションで訓練できる。

 「僕は散歩が好きです。歩きながら、もしここで急な浸水が起きたらとか土砂災害にあったらなどと考える。どのルートをたどって逃げれば安全か、他人にどう非常時を知らせ、どこまで手助けするかとあれこれね。気象だけでなく火事、山での遭難など災害は多いですが、その種類と危機回避行動を想定しておくのです」

 ところでユニークな“気象用語”は災害への関心を高めてくれる。

 「僕も作りましたよ。木綿の長袖シャツの乾き具合を湿度や風速、日射量などから求めた洗濯指数。これはそこそこ知られるようになったかな。では“ハンマー投げ豪雨”は? 台風に回り込む雲の群れ部分で起きる豪雨で甚大な災害につながります。爆弾低気圧やゲリラ豪雨みたいにぜひ市民権を得て危機回避に役立ってほしいですけどね」(ペン・冨安京子 カメラ・寺河内美奈)

 ■森田正光(もりた・まさみつ) 1950年4月3日、名古屋市生まれ。67歳。92年、気象予報会社「ウエザーマップ」、2002年、気象予報士受験スクール「クリア」設立。日本生態系協会理事、環境省「地球いきもの応援団」メンバー。『竜巻のふしぎ-地上最強の気象現象を探る』(共著)など著書多数。近著にウェブ動画付き『天気のしくみ』(同)。11月4日に東京・新宿で行われた「倉嶋厚さんを偲ぶ会(第1回熱帯夜忌)」の呼びかけ人として奮闘した。