【壇蜜のもっとハァハァしてる?】私がババシャツを受け入れたのは… 寒さに耐えブラとキャミでしのいだ学生時代

薄着ってホントは見栄なんです

★其ノ弐百弐拾四

 今でこそ「インナー」や「アンダー」などと言いながら、肌着を重ね着したり、分厚い防寒用下着を身に着けたりしても恥ずかしくないご時世を堪能しておりますが、学生時代は女子として頑なに「そんなの着ない。恥ずかしいもん」と拒否して寒さに耐えていた記憶があります。

 この風潮は当然、私発信ではなく、随分と前から周囲に知れわたっている女子の意識でしたから、皆、思いは似たようなものでした。

 当時、制服の下に着けるキャミソールやブラジャー以外の「袖のある肌着」を「ババ着」や「ババシャツ」と呼んでいたことが原因かもしれません。

 「ババ(婆)」という言葉の脅威におののいて、自分はまだ若人であるという自負で武装するために薄着でいたかったのでしょう。薄着が武装というのも、また妙な話ですが。

 寒いなぁと思いながらも、ブラジャーとキャミソールでしのげていたのは、若さがなせる技でした。特に体育や部活があるときは、皆、キャミソールすらも着ない、もしくは薄手でかわいいものをまとい、キャッキャと見せ合うことを楽しんだものです。

 とにかく寒さを防ぐよりも、ババシャツを着ないプライドを保つことで精いっぱいだったような…、見栄をはっていました。あまりに寒くてカイロをこっそり張り付けて着替えの最中はそっと鞄に隠すような裏技も試したほどですから。

 今ではすっかりババシャツなしでは冬場に生命を維持できないんじゃないかと思うほど、頼りきりの生活となりました。

 私がババシャツとの向き合い方を変えたきっかけは、26歳の頃に就いた「とある企業の受付の仕事」でした。冬の玄関口での受付業務はかなり寒かったのですが、始めはキャミソールのみで耐えておりました。しかし、それを見た先輩に「風邪ひく。だめ。代わりの子、今いない」とハッキリキッパリ言われて自分の中の何かが破壊されました。

 今では、己の心に「厚着、風邪予防、これ仕事のうち」とかつての先輩風な標語を掲げ、薄着の呪縛からすっかり解放されている次第です。

 裏起毛、厚手、保温効果万歳!!

 ■壇蜜(だん・みつ) 1980年12月3日生まれ、秋田県横手市出身。本名・齋藤支靜加。158センチ、B85・W60・H89。昭和女子大卒。環境省が任命する「省エネ住宅推進大使」。2018年1月27日公開「星めぐりの町」に出演。本連載などをまとめたエッセー集「壇蜜歳時記」(大和書房)も好評発売中。

 板尾創路とのテレビ埼玉「板尾壇(談)」(月曜午後11時半)、NHKラジオ第2「高校講座 保健体育」(水曜午後8時10分)、文化放送「壇蜜の耳蜜」(月曜午後7時半)に出演している。