【玉ちゃんの酔滸伝】伊豆大島へのサプライズ旅行 震災時、お世話になったママとの再会で繋がりを実感

「スナック葵」のまりこママ

 先日、伊豆大島(大島町)に遊びに行きました。スケジュールに谷間ができたので「どこか遊びに行こう」と悪友を誘ってみたところ、「なら玉ちゃん、伊豆大島行こうよ」で決定となったのです。

 東日本大震災が起きた2011年3月11日、私はスナック突撃番組のロケで伊豆大島にいました。大島も大きく揺れて、8メートルの津波警報で出入りする船は全て欠航となり、島は完全に孤立。それでもその夜、スナック突撃ロケを敢行しました。まさか開店してないだろうと思っていたら4軒のスナックが営業していて、どうにかロケは成立しました。

 家族との連絡も取れずに、その後2日間は帰ることができませんでしたが、どうにかセスナのチケットを入手。大島空港から帰ろうとしたとき、ロケで世話になったスナックのママさんたちが見送りに来てくれたときには、熱くこみ上げるものがありました。その思いもあって、大島のママさんたちに連絡を入れずに行く、サプライズ旅行です。

 竹芝桟橋からジェットホイル船に乗れば2時間で大島に到着です。当日は天気もよく、海岸近くの富士山が望める露天風呂に入ってサンセットを眺めてから、居酒屋で大島の海の幸に舌鼓。下地を入れて、いざお世話になったスナックに突撃です。

 突然の訪問に「スナック葵」のまりこママは驚いていました。彼女は青森県出身で、若い頃にバスガイドの仕事で大島にやってきて地元の男性と結婚。その後離婚して、このお店をはじめました。「ミスあんこ」に選ばれた経歴の持ち主で、その美しさは今でも健在です。

 この夜も自家製の海苔(のり)でわれわれを歓待してくれました。大島の友達も集まり、話題は大島の話になります。「昔は必ず客船で帰る人たちにドラの音と紙テープで見送ってたのに、最近はやらないのよぅ」。

 私も客船で大島を後にしたことがあり、そのときは紙テープがドラの音が響くデッキと桟橋で見送ってくれる人たちとをつなげてくれたものです。船が出るとその紙テープが切れて、次第に島が遠くなっていく。旅情をかき立ててくれたシーンでした。

 この日はこの後、2軒巡ってしまい、翌朝は完全なる二日酔い。帰りの船まで時間があったので港近くでまた宴を始めてしまい、結局、出船ギリギリまで飲んでしまいました。

 千鳥足で桟橋に向かうと、まりこママが待ち受けてくれていました。今回は客船ではなくジェット船でしたから、ドラの音と紙テープの別れではありません。それでも、ママは船が出るまで桟橋に立ち、船が出ると手を振ってくれるのです。紙テープはありませんでしたが、確かにママと私たちは繋がっていたのです。

 ありがとう、さようなら。この気持ちこそが「また再び訪れたい」と願う約束の地となるのです。

 ■玉袋筋太郎(たまぶくろ・すじたろう) お笑い芸人。1967年6月22日生まれ。東京都新宿区出身。86年にビートたけしに弟子入り。TBSラジオ「たまむすび」(金曜)、TOKYO MX「バラいろダンディ」(水曜)にレギュラー出演中。2013年から一般社団法人全日本スナック連盟会長。著書に「スナックあるある この素晴らしき魑魅魍魎の世界」(講談社)など。新刊「スナックの歩き方」(イースト新書)が発売中。