【玉ちゃんの酔滸伝】心の中で叫んだ「おかあさん!オレ、スナックの息子で本当によかったよ」

舞台「スナック玉ちゃん」

 昨年、好評をいただいた舞台「スナック玉ちゃん」の再演が、5日まで東京・中目黒のキンケロシアターで上演中です。

 主演は女優の川上麻衣子さん。昨今の女優において、川上さんほどスナックのママさんを演じられる女優がいるでしょうか? 賢明なる夕刊フジ読者の皆様なら「そうだそうだ!」と賛同いただける自信をもったキャスティングです。

 正直いって舞台をセッティングするにあたって諸経費がかかり、川上さんへの出演料は本当に申し訳ないのですが微々たる額です。そんな状況にもかかわらず「スナック愛」を持った川上さんは出演を快諾してくれました。主催者側として本当に感謝の気持ちしかありません。

 舞台「スナック玉ちゃん」は、その川上さん演じるスナックのママと、幼い頃、いつも酔っていた母の姿を忌み嫌い、その後、稼業がスナックという後ろめたさを抱えながら成長した娘と母の親子の物語です。

 これは私の育ってきた環境と重なります。私は息子ですが、思春期の頃に両親がそれまでの稼業であった麻雀屋から、スナックに商売替えをしたのです。当時の私はスナックへの抵抗はありませんでしたが、両親が始めたのはストレートなスナックではなく、男性趣味の同好の士が集まるスナックだったのです。

 思春期の私にはインパクトが強すぎたため、両親が始めた商売を「唾棄すべき商売だ」と嫌い、親子に溝が生まれました。両親としてみれば息子を食わせていくために始めた商売なのに、本当にバカ息子だったのです。

 両親の商売に感謝できたのは父が亡くなったあとのことでした。新宿二丁目のお店に飲みに行ったときに、そこのママさん(男)が昔、両親のお店に通ってくれていたのです。ママに「楽しくていいお店だったわよ~」と言われた私は、もはや伝えたくても伝えられない父への感謝の気持ちで、恥も外聞もなくそのお店で涙を流したのです。

 母は先日、認知症で病院に入院しました。息子として母が認知症になったことを受け入れることはできませんでしたが、現実に母は認知症の症状が現れて家族に負担がかかり始めたので、苦渋の決断。専門の病院に入院してもらうことになったのです。

 入院の日、母と一緒に病院に向かいました。専門の先生がプロフェッショナルな口調でゆっくりと「お仕事は何をやっていたんですか?」と母へ問診します。私は先生と向かい合う母の背中を見て、「こんなに母の背中は小さくなってしまったのかぁ…」という気持ちとともに、母がその問診になんと答えるのだろうかと不安でした。

 「え~っと、仕事はぁ…。そうだ、スナックをやってました。子供がいましたからねぇ。新宿でスナックを主人とやってたんです」

 おぼろげな記憶を懸命にたぐりながら問診に答えた母の言葉は、親としての子供を育てる誇りだったのだと感じた私は、母の背中に「おかあさん! オレ、スナックの息子で本当によかったよ。ありがとう!!」と心で叫んだのです。

 ■玉袋筋太郎(たまぶくろ・すじたろう) お笑い芸人。1967年6月22日生まれ。東京都新宿区出身。86年にビートたけしに弟子入り。TBSラジオ「たまむすび」(金曜)、TOKYO MX「バラいろダンディ」(水曜)にレギュラー出演中。2013年から一般社団法人全日本スナック連盟会長。著書に「スナックあるある この素晴らしき魑魅魍魎の世界」(講談社)など。新刊「スナックの歩き方」(イースト新書)が発売中。