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【没後10年 阿久悠】ピークは70年代まで…寂しかったかもしれない作家への転身 子供だから見えた素顔 (1/2ページ)

★其ノ四

 作詞家、阿久悠さんの素顔を知る長男で音楽家、深田太郎氏(52)。阿久さんが作詞家から作家へシフトを変えたころについて、こう振り返る。

 「父のピークは70年代までだったとは思います。なので、みなさん、80年代に入ってからの苦悩というものを聞きたがるんです。でも、僕からみると、うまく作家にスライドしたなと。時代の流れを見極めて、文筆業に変わったんです。切り替えのうまい人でした」

 「ただ」と続ける。

 「本人の充実度はどうだったかなと思うと、ちょっと分からない。もしかしたら、寂しかったのかもしれませんね」

 果たして、どんな父親だったのだろう。父親との記憶は希薄だったと語る。しかし、それでもどこかに父の記憶は刻み込まれている。

 「おどけたりする人ではなかったなと。例えば家で豆まきをしたら、オニ役は大体父親でしょう。でもうちではそういう記憶がないんです。例えば怪獣ごっこみたいなことをして、父親がやられたみたいなことなんてなかったな」

 記憶の糸をたどる。「絵をよく描いてくれましたね。作詞のときに使うサインペンで仮面ライダーの絵をね。あれ、とっておけばよかったな。水で薄くしてみたり、こだわっていましたね」

 今、思うと子供との接し方が分からなかったのかもとも考える。で、思い出すのは父の小話だ。

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