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【没後10年 阿久悠】ピンク・レディーの「S・O・S」に隠されたモールス事件の真相 放送局に叱られ、新聞ネタにまで (1/2ページ)

★其ノ七

 ブレークは必然だったのかもしれない。1976年8月に「ペッパー警部」でデビューしたピンク・レディーは同年11月に発売した第2弾シングル「S・O・S」でオリコン1位を果たした。

 作詞は阿久悠さん、作曲は都倉俊一氏の黄金コンビだ。阿久さんが50近く用意したタイトルの中から選ばれた。ディレクターだった飯田久彦氏(76)が、そのヒットの真相を明かす。

 「話題作りのために、イントロにシンセサイザーで“SOS”のモールス信号のようなものを効果音で入れましょうということになったんです」

 デビュー前、社内会議でピンク・レディーを披露した。もちろん大股を広げるダンスも披露した。「なんだ、このゲテモノはって雰囲気で、後でしかられましたよ。でも、お前の好きなようにやってみろと。だから、何とかヒットさせたかったんです。で、遊び心に火が付いたんです」

 「S・O・S」でのもくろみは当たった。ラジオでテスト盤をオンエアしたところ、放送局からおしかりを受けたというのだ。このため、冒頭部分がカットされたと当時、新聞などで報じられたのだ。しかし、飯田氏は明かす。

 「実はモールス信号を入れたのはテスト盤だけなんです。販売するレコードにはもともと入れる予定はなかったんです。新聞が飛びついてくれて騒ぎになったのは、こちらの思い通りでした」

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