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「稽古の鬼」海老一染之助さん、芸一筋の人生 (1/2ページ)

 和傘の上でまりや枡を回し「おめでとう~ございます」の陽気さで一世風靡した曲芸師、海老一染之助さん。今月6日、急性肺炎で亡くなった。

 先週、都内で営まれた家族葬にはテレビ各局、スポーツ各紙が集まった。「コンビを組んでいた兄の染太郎さんの葬儀にはビートたけしらが来ました。しかし、10年近く現役を離れていたためか、目立つところでは爆笑問題やベテラン落語家らが来た程度。時代の流れを感じましたね」と情報番組ディレクター。

 染太郎さんは2002年に70歳で死去。以降、ピンで活躍していたが、妻で喪主の村井秀子さん(81)は「十数年前に自宅で転倒して骨折してからは、リハビリと入退院の繰り返しでした。当初は芸ができずに『悔しい悔しい』と言っていましたが、やがて穏やかな心境になったようです」と病に苦悩した芸人の一面を明らかにした。

 染之助さんが回す役目で、染太郎さんは進行係。「染之助さんが『これでギャラは同じ』と毎回、ギャグで言っていましたが、あれは本音。仲間内でよく愚痴っていましたからね」

 そう伝えるのは古くからの演芸会主催者だ。「仲は本当に悪かった。移動の電車の席も離してくれと言われました。仕事先との窓口だった兄を弟は信じていなかった。主催者に『兄に支払ったギャラはいくらでしたか』と問い合わせることもありましたからね」

 その昔、芸人のギャラは、現場で直接現金を受け取る“取っ払い”が多かったため、疑いだしたらきりがない。

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