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【伝説の歌姫 ちあきなおみの言葉】夫の棺にしがみつき「私も一緒に焼いて」 素顔はいちずで純情な女性 (1/2ページ)

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 ちあきなおみは1991年、水原弘の59年のヒット曲「黄昏のビギン」をヒットさせた。カラオケ愛好家には有名だが、この曲は水原バージョンで80点台を出せても、ちあきバージョンは70点台しか出せない。「矢切の渡し」もしかり、オリジナルのちあき盤のほうが細川盤より10点は辛い。

 ちあきの「矢切の渡し」について、作曲家の船村徹氏が「ちあき君の楽曲は難しいが、細部まできっちり聴かせる」と評したように、ちあき盤は譜面が高度なのだ。

 ちあきは演歌、ポップス、ジャズ、民謡と何でもこなすが、その歌唱力は専門家筋でも評判。

 デビューの「雨に濡れた慕情」から大ヒット曲「四つのお願い」などを手掛けた彼女の恩師の一人、鈴木淳は「彼女の武器は声。張りのある声にハスキーさが加わって独自の魅力がある。世界に二つとないバイオリンにも似た名器」と最大の評価を与えている。

 夫の郷えい治の実兄で俳優の宍戸錠も「好き嫌いはあるだろうが、歌謡曲からリズム&ブルースまで何でもこなせる貴重な歌手。美空ひばりよりうまいと思う」と話す。

 そして彼女の最後のオリジナルソングとなる「紅い花」(詞・松原史朗、曲・杉本真人)を発表した91年10月ごろ、夫の病気が悪化。死と向き合う夫を考えながら、ステージで歌う「紅い花」はつらかったろう。

 92年9月11日、あと6日で45歳という愛妻を残して、郷は肺がんで他界。享年55の若さだ。「もう、無理して歌わなくてもいいよ」。これが夫の遺言だったという。ちあきの頭の中は真っ白になった。

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