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【秘録 今明かす「あの時」】愛川欽也、夜のパリで赤面の思い出 何を思ったか水上バスに迎えって「オ○○コォ~」 (1/2ページ)

★昭和のテレビを彩った巨人たち(6)

 愛川欽也という人はにぎやかな人だった。テレビやラジオでしゃべっているボリュームと、普通に雑談しているときのボリュームが同じだった。

 話が熱くなったり、大声になったりするときには右手が目の前に出る。つまりマイクを持っているポーズになるのだ。私は「職業病」と言っていたが、エアマイクでも声が一段と大きくなる。

 フジテレビが右肩上がりで好調なころでも、日曜日の午後帯は「デッドゾーン」だった。フジはそこへ愛川欽也を司会で投入し、「リブ・ヤング」というバラエティー番組を開始。泉谷しげるやチューリップなどがテレビに初出演するなど、注目を集めた。

 その番組で海外ロケに行ったときのことだ。パリ10日間のロケで、スタッフは7~8人。予算はギリギリだったので、食事はせっかくのパリにもかかわらず、ロクなものは食べなかった記憶がある。それでも、みんな若かったので、ロケは魅力にあふれていた。

 そんななか、スケジュールの都合で丸一日休みが取れることになった。そこで、愛川と私は、イギリスに1泊旅行に出かけることにした。

 夕方のロンドンの地下鉄は日本と同じで、大変なラッシュだった。地下鉄はシェルターにも使われていたそうだから結構深いところにある。大江戸線よりも長いと思われるエスカレーターで下りて、ようやく電車に乗ったが動きが取れないほどのギュウギュウ詰め。

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