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映画を通じて日本の歴史を見直す 津川雅彦さんが遺したメッセージ (1/2ページ)

 今月4日、俳優の津川雅彦氏が78歳で亡くなった。デビュー作『狂った果実』(1956年)や伊丹十三監督の『マルサの女』(87年)をはじめ、膨大な数の映画、テレビドラマで知られるわが国を代表する俳優というべき存在だ。

 また『狂った果実』以前にも、多くの映画で子役として活躍し、巨匠溝口健二監督の『山椒大夫』(54年)では、少年時代の厨子王を演じるなど、日本映画の輝ける時代をリアルタイムで生きた貴重な映画人であるだけに、その死が悔やまれてならない。

 その中でも、最も記憶に残っているのは、大島渚監督の『日本の夜と霧』(60年)だろう。60年安保闘争に参加した学生活動家役の印象が鮮烈である。日本共産党の学生組織内での抗争を描いたもので、当時は左翼の影響力も大きく、政党名を明確に表現できなかったが、舞台劇のように進行していく斬新な構成は今見ても、迫力に満ちて生々しい。

 津川氏演じる左翼活動家は、共産党学生指導者の欺瞞(ぎまん)を暴く役で、ドラマ全体を通じて内部抗争の真実を追求する重要な役割を担っている。前衛党組織の冷酷さを暴露する姿は、共産主義国家北朝鮮による拉致問題解決のために、尽力した津川雅彦氏自身の活動とつい重なってみえてしまう。

 もちろん映画人としての本人は『男はつらいよ 私の寅さん』(73年)といった喜劇から時代劇、任侠映画に至るまで幅広く出演した国民的俳優だったので、拉致問題への取り組みだけで、同氏の政治的立場は判断できない(娘の誘拐事件を経験した津川氏にとって、北朝鮮による拉致事件は他人事ではなかった)。

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